過労自殺した東京キリンビバレッジサービス社員、Gさんの2009年10月の給与明細書。
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清涼飲料大手「キリンビバレッジ」子会社で自販機への充填の仕事をしていた社員(23)が2010年4月、勤務中に過労自殺した。死亡前年の残業時間は遺族計算で1300時間を超え、自殺直前の1日の仕事量は2日分だった。この社員の給与明細書や勤務表を分析すると、月45時間分のみなし残業代と販売コミッションを支給する代わりに、時給換算775円という、ほぼ最低賃金で、1人に対し2人分働くよう仕組んだ会社の人材活用方針が浮かび上がった。1日平均5時間ずつの残業を強いられながら、「残業代」として会社から支払われた額は、死亡前年の1年間で計1万5千円だけだった。(就業規則、勤務表、給与明細、ボーナスなど各種資料はPDFダウンロード可)
【Digest】
◇死亡前年の残業代、年間わずか1万4989円だけ
◇奪われた残業代は年154万円
◇ボーナスは年70万円
◇みなし労働時間制でほぼ最低賃金の775円
◇最低賃金にもっとも近くなるような設計
◇みんな同じくらい働いていた
◇資料ダウンロード
清涼飲料大手「キリンビバレッジ」の配送子会社で働く男性社員、Gさん(当時23歳)は、入社6年目を迎えたばかりの2010年4月13日、その日14台目の自販機を回ったところで営業所に戻り、倉庫ビル屋上から飛び降り自殺した。所属していたのは、キリンビバレッジの完全子会社「東京キリンビバレッジサービス」。
死亡前年の09年の残業時間は、遺族が会社資料をもとに計算したところ、1300時間を超え、1カ月平均で111時間になる長時間労働だった。品川労働基準監督署は11年10月、Gさんの自殺を労災と認定。遺族は「これは殺人だ」と会社を非難する。会社はコスト削減を優先するあまり、誰が過労死してもおかしくない状況を生じさせ、そのようななかで死亡したのが、たまたまGさんだった、というのがその理由だ。
◇死亡前年の残業代、年間わずか1万4989円だけ
前回書いたように、Gさんは死亡前、仕事が終わらないことを友人に伝えている。死亡したのは転勤から1カ月半後だが、転勤前も所定時間内に終わることのない仕事量を割り当てられていた。勤務表を見ると、死亡前年の09年1月1日から死亡前日となる10年4月12日まで、会社が就業規則で定めた所定時間内(7時間45分)に終わった日は1日もなかった。
休憩を取得できない事情もあった、と遺族は言う。一人で自販機を巡回するため、トラックを置いて休憩すれば商品や売上金が盗難されたり、駐車違反として摘発されるおそれもあるため、トラックから完全に離れられなかったというのだ。加えて、所定時間内に終わらない仕事を早く終わらせようとすると、休憩している暇はない。昼食もろくに食べられなかったというのはそのためだ。
だが、Gさんの勤務表を見ると、残業はまったくと言っていいほどつけられていなかった。勤務表から09年の時間記録を抜き出すと、以下のようになる。
年月 | 勤務日数 | 所定時間 | 出勤時間計 | 時間外 | 時間外手当 |
2009年01月 | 21 | 162:45 | 240:45 | 1:30 | 1955円 |
2009年02月 | 21 | 162:45 | 239:40 | 1:00 | 1303円 |
2009年03月 | 22 | 170:30 | 257:40 | 1:30 | 1955円 |
2009年04月 | 22 | 170:30 | 286:25 | 0:30 | 652円 |
2009年05月 | 20 | 155:00 | 252:30 | 0:45 | 1303円 |
2009年06月 | 23 | 178:15 | 276:50 | 2:30 | 3258円 |
2009年07月 | 23 | 178:15 | 284:25 | 0:30 | 652円 |
2009年08月 | 21 | 162:45 | 254:15 | 0:30 | 652円 |
2009年09月 | 21 | 162:45 | 244:00 | 0:30 | 652円 |
2009年10月 | 23 | 178:15 | 254:40 | 0:30 | 652円 |
2009年11月 | 21 | 162:45 | 233:50 | 1:00 | 1303円 |
2009年12月 | 22 | 170:30 | 237:40 | 0:30 | 652円 |
計 | 260 | 2015:00 | 3062:40 | 11:15 | 14989円 |
会社資料では1日1時間の休憩を取得したことになっているため、表の「出勤時間計」からは休憩1時間が控除されている。勤務日数は260日だから、取得できなかった休憩時間は260時間ということになる。
勤務時間計と所定時間計の差1047時間に260時間を足すと1307となり、遺族計算どおり1300時間超となる。1日平均、ちょうど5時間の残業となる計算だ。日々の長時間労働の様子については、前回記事のグラフを見て欲しい。
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(上)Gさんの2009年10月の勤務表。「所定労働時間」「出勤時間計」「時間外」の項目に注目。ほかの月も同様。(下)東京キリンビバレッジサービスの就業規則のうち、勤務について定めた部分。 |
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しかし、これのほどの長時間労働であるにもかかわらず、勤務表で計上されているGさんの「残業時間」は、年間を通して11時間15分だけで、支払われた残業代はわずか1万4989円。
勤務表に記録がある分は支給されているが、これだけ額が少なくなるのは、そもそも残業時間が実態通りにつけられていないからだ。
その手口としては、事業場外での勤務についての「みなし労働」規定を悪用していることが考えられる。東京キリンビバレッジサービスは、就業規則第17条で、ルート巡回中はみなし労働とする、と定めている。
第17条では、「事業場外のみなし労働」として、「社員が会社の命令によって、労働時間の全部または一部について事業場外で勤務に従事した場合において、就業時間を算定しがたいときは、所定の就業時間勤務したものとみなす」と規定。
ルート巡回中は、どれだけ時間がかかっても、一定の時間働いたとみなされ、一定額しか支払われないわけだ.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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Gさんの給与明細書から支給部分と勤怠部分を抜き出した。 |
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東京キリンビバレッジサービス品川東営業所の残業協定書(36協定届)。 |
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中央営業所時代(転勤前)と品川東営業所時代(転勤後)のGさんの配送日報の様子。(上)転勤前(下)転勤後。 |
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訴状別紙の時間計算表。遺族計算による未払い残業代は09年だけで281万円となっている。 |
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