「役所の顔」28歳職員が過労自殺、住基ネット移行で負担集中 宮崎県新富町
![]() |
松本美香さん。宮崎県新富町役場の町民生活課で総合窓口を担当していた。 |
2008年5月19日は、1週間が始まる月曜日だった。だが、宮崎県新富町の町民生活課は、朝から大騒ぎになっていた。窓口カウンターの掃除やパソコンの起動などをするため、いつも始業より1時間早い7時20分に登庁していた女性職員が、始業時刻を過ぎても登庁していなかったからだ。
急な体調不良などで連絡できずに遅刻することもあるだろうから、始業時間に来ていないというだけで騒ぎになるのはおかしなことだ。だが、なぜか町民生活課では、この女性職員を全員で探しまわるという事態に発展していた。
女性職員の名前を松本美香さんという。当時28歳。入庁7年目の主任主事で、1時間早く来て準備を済ませてから、担当している総合窓口の業務にあたるのが日課だった。
この日、役場から美香さんの父の携帯に電話があったのは、午前8時30分ごろ。「役場に(毎日)7時20分に来とったのが来んで、8時半ごろになっても来んで、うちに電話があった」と父は言う。内容は、「課のみんなで探している」というものだった。
それを聞いて母は驚いた。「ふつうに考えたら、連絡がちょっと遅れて、総出で探すなんてあり得ないですよね。『みんなで探しているから』って言われて、えーーって」。
美香さんの朝は、毎日規則正しく慌ただしかった。朝5時15分に起床して自分で弁当を作り、バタバタと出かけていくのだ。だが、朝から雨が降っていたこの日、時間になっても起きてこなかった。6時ごろに母が起こしにいくと、いびきをかいて寝ていた。「よっぽど疲れているのかな」と思ったという。
美香さんは、同町の電算システム移行に関する住基ネット担当者として、毎晩遅くまで残業を繰り返していた。4月上旬には、美香さんのあまりの変調を見かねた母が、面識のあった土屋良文町長に改善を求めて直談判したほどだ。だが、美香さんの負担は軽減されることなく5月を迎え、疲労は限界に達していた。
役場から電話があったのは、美香さんが疲れ果てて寝ていると思っていた家族が、「体調が悪いし入院させないといかんね、とみんなで言っていたときだったんですわ」と母は言う。携帯電話を繋いだまま「(休むかどうか)本人に確認します」と言って母が部屋に行くと、美香さんは昏睡状態になっていた。いくら呼びかけてもまったく反応がなかったという。
そして、救急車が来るよりも早く、美香さんの上司の課長と課長補佐が役場から到着。課長補佐が蘇生を手伝う一方、課長は家に入ってすぐに土下座をし続けた。美香さんの部屋の前でも土下座。救急隊が美香さんを運び出すときにも玄関に土下座。搬送先の病院の廊下でも土下座していた。
美香さんは同日午前10時15分、病院で死亡が確認された。急性薬物中毒による過労自殺だった。
地方公務員災害補償基金宮崎県支部は2011年6月28日、美香さんの死亡を公務災害と認定。新富町に損害賠償を求めた裁判は、2012年10月、宮崎地裁で和解が成立した。
始業時刻に来ない職員を総出で探したり、課長が家に入るなり土下座を続けるなど、明らかに異常だ。職場の人たちは何を知っていたのか。美香さんは、死亡する2日前には、美香さんが親族に架けた電話で、「残業の資料をもって人事院に訴えてやる」とも話していたという
この先は会員限定です。
会員の方は下記よりログインいただくとお読みいただけます。
ログインすると画像が拡大可能です。
- ・本文文字数:残り7,860字/全文9,196字
新富町役場の町民生活課があったカウンター。現在は町民こども課になっている。
新富町役場の外観。正面玄関を入って左側に町民生活課(現在の町民こども課)がある。
役場の公式書類をもとに遺族側が作成した「勤務状況経過表」のうち、2008年2月から5月分。
父・勘治さん(右)と母・久美子さん(左)。中央の遺影は美香さん。
公務災害認定通知書の一部。全体のうち主要部分を組み合わせた。
Twitterコメント
はてなブックマークコメント
この年代は超優秀なはず。歪な年齢構成とか色々深そう。
いつもの山崩しゲームか。棒が倒れるまでくりかえし行われてきたんだろうさ
昔、ITシステムの開発目的に「企業の生産性向上」と書いたら旧通産省から「それでは予算を付けられない」とクレームがあったと聞いたことがあります。理由は「生産性をあげたら雇用が失われる」だったとか。
新富でか…。
僕も他人事ではないが、この悲惨な事例が「その税金、無駄遣い、するな」企画の一コンテンツなのか…。
引き継ぎしたって実際に業務を把握するには時間かかるのに、上司総入れ替えって…/日本語読めたら「真面目なやつに仕事押し付ける公務員はクズ」「上がアホで仕事ができないやる気もない」ってコメントはないよな。
こういう状況って単に仕事が集中するだけじゃなく「なんでアイツの言う事ばっかり聞くんだ!」とかいうナナメ上方向からのミサイルもありまして
官公庁はこういうアホな人事を平気でやりすぎる。>移行が終わらぬまま転入出が増える3月に突入、翌4月には上司が全員代わり、業務に精通した美香さんに負担が集中した。
概要の時点でもうだいぶつらい
多忙を極める状況は他人事とは思えないが、死んでまでするべき仕事などない。生き延びて欲しかった。
"あまりの変調を見かねた母が、面識のあった土屋良文町長に改善を求めて直談判""だが、美香さんの負担は軽減されることなく…疲労は限界に達していた" →メンバーシップ型雇用の悪い所が 一気に噴出した結果か。
昨秋に「埼玉県で時間外手当が約747万円」が騒ぎになったけど、自殺するほどの負担集中が起きてるところもあったのか
ITゼネコンの禄を食んでいる立場からすると業腹であるが、こう言うシステムって、個々の自治体が導入するよりも、国全体で一つのシステムにした方が合理的じゃないのかなあ。(仕事が減って困るけど)
要するに、上がアホで仕事ができない(やる気もない?)から出来る若手に全部丸投げしてたら若手がパンクしてしまったわけだね。
役所の杓子定規な人事異動の犠牲に見える。
ウチの奥さんも税務課だから他人事じゃねえ…。今年度当初、税務のわかってる人間がごっそり異動したのも同じだ。総務は何を考えてんのか…。むしろ休職して、税務が滞る不祥事にすべきだったのかも知れない。
地方で役所に勤めてこういう立場で折れたら色々空気が辛いんだろうな。単なる労災とも言いづらい何か暗い感じのもの。
2008年か…。文字通り部下の労働環境を管理できてる「管理職」などは、とっくに絶滅してんだろうな。今の日本には。
残念だけどこの記事だけだとどっちが悪かったのか判断できんな
癒着とか疑われないよう頻繁に配置換え&窓口は民間に委託する割合が大きいので、業務に通じた人は負担が大きい。移行はどうしても問題が出るので帳票全部目視確認したりする。何かあると新聞沙汰になるから…
「役所の顔」28歳職員が過労自殺、住基ネット移行で負担集中 宮崎県新富町
考えさせられる事件。現場の負担を分かっていながらどうして定期人事異動で上を全て入れ替えたんだろうか?
失踪でも蒸発でも命をつなげよと思う。
うーむ
これはひどい
facebookコメント
読者コメント
この事件は和解を成立させたため判例のない事例となつた。しかしこのままでは事件に関係ない住民が犠牲とされる。執行機関の財務会計管理行為(怠る事実)を指摘します。
題名が住基ネット(国側)となっていますが、住民基本台帳システム(町側)の間違いではないですか?
記者からの追加情報
会員登録をご希望の方はここでご登録下さい
新着のお知らせをメールで受けたい方はここでご登録下さい(無料)
企画「その税金、無駄遣い、するな。」トップページへ
本企画趣旨に賛同いただき、取材協力いただけるかたは、info@mynewsjapan.comまでご連絡下さい。会員ID(1年分)進呈します。