神戸大学教員であることを示す名刺を手にするA氏(2017年1月撮影)。実名での告発はできないとのこと。日本の大学組織における風通しの悪さ、息苦しい村社会的な閉鎖性がうかがい知れる。
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神戸大学の教員より当サイトに対し、平成28年度の神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻入試(2015年8月実施)において入試問題が漏えいしていた、との情報提供があった。工学研究科所属の特命准教授が、入試の6日前まで、自身が所属する研究室の生徒に対し、試験問題の内容に関係する特別講義をしていた、というのだ。その特命准教授は、試験問題の作成に関わる立場にあった。取材を進めると、A氏以外の複数の学内関係者がこの教員の証言を裏付けた。当該年度の同研究科の一般入試では、内外志願者70名のうち9名が不合格となっている。学部入試に比べれば倍率は低いが、公平性がないがしろにされては大学の根幹が揺らぐ。神戸大学は「内部調査の結果、不正はなかった」との見解を示したが、双方の話を聞く限り、その調査は当該研究科に丸投げしたもので第三者はおらず、記者の心証はクロ。漏洩はなかったことにしたい「身内」だけで幕引きを図った構図だ。
【Digest】
◇伝統ある国立大学に浮上した「入試問題ろう洩疑惑」
◇「あの講義を受けていれば入試で有利に」と複数の関係者
◇神戸大学の見解を徹底検証
◇検証①:「入試指導ではなく研究指導」という主張
◇検証②:「岡野教授の出題はスペクトルでない」との主張
◇検証③:「調査は十分だった」という主張
◇当事者は取材に応じず
◇誰も注意できない「大学」というムラ社会の病理
◇伝統ある国立大学に浮上した「入試問題ろう洩疑惑」
「私は神戸大学の教員です」――このような書き出しではじまる情報提供メールが編集部に届いたのは、2016年の年末だった。そこに記されていたのは、事実とすれば、伝統ある国立大学法人の権威に大きな傷をつけかねない重大な疑惑についてだった。メールの要旨は次の通り。
「神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻において、平成28年度の博士前期課程(2015年8月実施)入学試験問題の一部が事前に特定の受験生に漏洩していた事実について情報提供します。
同研究科の岡野健太郎特命准教授が、試験問題が確定した2015年7月下旬以降、試験の6日前まで、複数回にわたり、自身が所属する森研究室の学生に試験問題に関わると疑われる特別講義をしていたのです」
有機化学と機器分析の出題に関しては、応用化学専攻の教員が持ち回りで行い、当該年度はこの岡野氏が担当したにもかかわらず、試験問題に関わる情報が漏えいした疑惑があるという。筆者は2017年1月17日から神戸を訪れ、まずは情報提供者の教員A氏に、疑惑の背景を聞いた。
「理系大学院の実験科学系の研究室では、教授をはじめとする教員は学務などに追われ時間がとれず、実際の研究実験を担当するのは学生です。実験結果は、研究室の成果として、教員の論文にまとめられます。研究室に欲しいのは、優秀さよりも、教員との意思疎通に慣れ、実験の進め方を熟知している学生です」
だからこそ教員は、学部4年生時に指導した学生のなかから、欲しがる。すでに一通りの実験方法を教えてあり、追加の教育コストがかからないからだ。
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疑惑の的となった平成28年度入試の問題 |
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「自らの研究室が不人気で、定員が集まらなければ、研究の継続が困難になり、教授自身の立場が危うくなります。それを避けるために、自分が指導した学部4年生に下駄を履かせてでも合格させたい、という動機が教員側に生まれる可能性はあります。
学外からの受験者もいて、公平性が厳格に担保されるべき大学院入試で、自らの研究室の生徒だけに便宜を図ったとすれば、とても許されるものではありません。大学はきちんとした調査をすべきですが、そうした動きはありませんでした」(教員A氏)
◇「あの講義を受けていれば入試で有利に」と複数の関係者
記者が現地でさらに取材を進めると、複数の学内関係者がA氏の証言を裏付けた。
ここでいう「学内関係者」とは、関係者の人数が少なく証言者の特定がされやすい大学という閉鎖的な組織において、情報源を秘匿するための表記であり、教授・准教授・講師・助教・院生を含む、神戸大学に所属する研究者全般を含んでいる。
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教員によれば、学科内にあるこの共有スペースで漏えいされていた。
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「岡野特命准教授の特別講義は、プロジェクターを使用しながら、ほかの教員や学生も出入りする学科内の共有スペースでおこなわれました。私も岡野特命教授の特別講義を、この目で見ました。応用化学の知識があればわかりますが、あの講義を受けていれば、入試では、大いに有利になるでしょう」(学内関係者・B氏)
さらに、別の学内関係者であるC氏は次のように語った。
「私も見ました。複数の学内関係者によれば、試験問題を知る神戸大学の教員は、入試問題の確定後、試験に関わるようなやり取りを学生とはしないのが常識です。あの時期に、黒板を使用したディスカッションならまだしも、プロジェクターを使ってプレゼンをする行為は、誤解を招くため通常はしません。あまりに非常識だったため、目立っていました」
試験の6日前まで続いた岡野特命准教授の講義は、試験の漏えいが疑われても仕方のない内容だったという。
「実際の試験に出たイソブチルアルコールに関する問題(※左図参照)を解くには、構造式のみならず、構造を示す『1H NMRスペクトル』を知っている必要があります。応用化学を専攻する学部4年生のほとんどは、イソブチルアルコールの構造式は知っています。
しかし、『1H NMRスペクトル』は、特別に勉強しないとわかりません。それを岡野特命准教授は、研究室の受験生だけに教えていたと思われます。入試本番で、特別講義を受けていた生徒と、ほかの生徒の間に、点数に差がつくのは間違いないでしょう」(前出・教員A氏)
多数に目撃されうるスペースで堂々と行われていたことから、当人も「悪いことをやっている」という認識は持っていなかったと思われる。
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広報担当者と工学研究課長は、神戸大学本部で取材に応じた |
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◇神戸大学の見解を徹底検証
教員A氏および複数の学内関係者への取材結果をもとに、記者は神戸大学に取材を申し込んだ。広報担当者との協議の結果、2月8日に再び神戸に行き、神戸大学本部と工学研究科がある大学六甲キャンパスを訪れた。まず、広報担当者の山口透氏、その後、工学研究科長の冨山明男氏に話を聞いた。
結論から言えば、「今回の入試不正疑惑については、1年半ほど前に学長あての匿名投書があり、認識していた。その後、学内調査の結果、不正はなかったと結論付けた」というのが、神戸大学の見解だ。
しかし、少なくとも神戸大学側の説明を聞いた記者の眼には、疑惑を晴らすのに十分な調査がなされているようにはみえなかった。
調査は入試を管轄する工学研究科に一任され、ヒアリングは工学副研究科長と応用化学専攻長が、岡野特命准教授に話を聞いただけ。本部(入試担当理事)と広報課は、その報告を丸のみ、という構図だ。
身内ともいえる工学研究科に一任した調査で、客観性は担保されたといえるのだろうか。
もちろん、今回の件は物的証拠がなく、複数の学内関係者の証言のみがよりどころだ。そのため、あくまで入試不正“疑惑”の域を出ない。
だが、京都府立大学が平成28年度の生命環境科学研究科で起きた入試問題の漏えい事件に対して、調査の結果、入試結果への影響はなかったとしつつも、当該教員に停職5か月という厳しい処分を下したことでもわかる通り、入試不正は大学の根幹を揺るがす問題だ。
その“疑惑”がある以上、第三者の目を介した徹底した調査がなされるべきであり、神戸大学の対応は不十分と言わざるをえない、というのが、A氏および複数の目撃者、そして大学側を取材した記者の見解だ。
以下で、神戸大学側の主張を報告するので、読者の判断を仰ぎたい。
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騒動の舞台となった工学研究科の建物 |
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◇検証①:「入試指導ではなく研究指導」という主張.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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内部調査は、入試を担当する研究科に丸投げされた(画像は研究科HP) |
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工学研究科の建物の内部。誰も注意できない環境とは異様としかいいようがない |
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