扉の影に誰かいる・・・上智大学が4年にわたり非常勤講師を監視――「30秒遅刻」「40秒遅刻」と記録 背景に非常勤5年雇止め問題
(上)上智大学正門。入って左側にある守衛室カウンターのところに、カード(教員証)読み取り機があり、非常勤教員は出勤したら教員証を通す。 (下)教員証の裏面。上智大学にはいくつもの門や入口にカード読み取り機が設置されているが、特定の非常勤講師だけには、「正門」で「授業開始5分以上前」に打刻することを強要していた。 |
- Digest
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- 突然の呼び出し「上智では1分の遅刻も許しません」
- 特定の非常勤講師だけタイムカード
- メールのやりとりで「これは普通じゃない」と不安に
- 扉の影に誰かいる・・・後ろを歩く足音は?
- タイムカードの地獄 事業開始4分前打刻でも遅刻認定
- 上智大学が提出した遅刻の証拠は監視の証拠
- 「5分前までに打刻しなければ遅刻」は上智大学のウソ
- 真っ向から法律と対決する上智大学 契約5年で雇い止め
突然の呼び出し「上智では1分の遅刻も許しません」
2002年から上智大学でフランス語講師として働いてきたアマンダ・Cさんのもとに、「言語教育センター」からメールが届いた。2014年2月26日のことだった。
《・・・言語教育センター長が2014年度春学期の授業がはじまる前に、あなたとお話がしたいと申しております。以下から都合のよい日時(30分)をお知らせください》
何のことだろうと思ったが、アマンダさんは返信し、4月7日午後1時に上智大学2号館地下2階のオフィスを訪ねることになった。
依頼メールからだいぶ時間が経っていると思われるかもしれないが、通常、大学で教えている非常勤講師は、2月末から3月いっぱいは大学に行かないのが普通だからである。
このときの面談以降、すべてが狂い始める。振り返って、アマンダさんは言う。
「いくつもの大学で教えていますが、ハラスメントが始まるまで、上智大学は一番好きな大学でした。でも、いまでは地獄のように感じます」
上智大学で教え始めて約12年、とりたてて問題もなく過ごしてきた。いったい、このときの面談で何が変わったのだろうか。以下は、当人に直接聞いた話である。
「所長に会ったところ、『あなたは遅刻が多い。少しでも遅刻は許さないので気をつけてほしい』と言われました。わたしは『気を付けます』と応えました。
この時から監視が始まりました」
所長とは翌2015年にも面談し、そのときはもう一人の専任教員も同席して面談した。このとき、所長は次のように述べた。
「改善されてよくなりました。ただ(今学期は)2回、5分、10分と遅刻しているからダメです」「10分は、電車が遅れてしまったので」
と答えると、初めて重要なことが、所長の口から出た。
「11時ぴったりに教室にいてください。1分でも遅れてはダメです。(中略)、もしできなければ、来年は契約できない」(趣旨)
このときの面談で、これまでに経験したことのない精神的な負担をアマンダさんは感じ、明らかに何かが変わったのだと認識した。
こうして、授業前にタイムカードを打刻することになった。
遅刻が多いので注意しろ、と管理責任者から注意されて、タイムカードを打刻するようになったのは、当たり前の話だと思われるかもしれない。何の問題があるのか、順を追ってみてみよう。
アマンダさんが雇止めにされたことで、所属する首都圏大学非常勤講師組合と大学による団体交渉が行われた。交渉はうまくいかずに昨年4月、東京都労働委員会に組合が不当労働行為救済を申し立てた。
都労委に大学が提出した資料では、2014年5月8日までに、学生から相談があり、彼女が「木曜日に2回、各10分遅刻している」と指摘されたことがきっかけになっている。
ところが、肝心の学生からの相談内容に関する証拠資料を、上智大学はまったく出していないから、「遅刻問題」の出発点がわからないのだ。(2019年2月末現在)。
首都圏大学非常勤講師組合の要求にこたえ上智大学が出した回答。非常勤講師の雇止めは一律でなく、個別事情を考慮する旨が書かれているが、実態は違う。 |
特定の非常勤講師だけタイムカード
遅刻を注意された非常勤講師が、授業前にタイムカードを押すことになったのは普通のことのように思えるが、実は普通ではないのである。
まず、前提となる事実だが、
電車の遅れなどで遅刻はあったものの、大学側が主張するような非常識な遅刻はしていない、とアマンダさんは言う。
また、タイムカードも、会社に出勤したときに打刻するものとは性格が違う。
「タイムカードは交通費精算のためのもの。大学に出講したことを示すためなので、授業前、授業の後、あるいは部屋にいってパソコンをチェックして帰るときに打刻するなど、自由でした。
いつもはカード(キャッシュカードのような形態の教員証)を持ち歩き、機械にさっと入れて、ピッという音が聞こえます。私は3か月に一度くらいカードを忘れていることがありました。たとえば、新学期の最初の授業のときなどですね」
厳密なタイムカードではなく、交通費支給のため、大学に来たことを示すために読み取り機にカードを通過させている、ということだ。そこで、上智で働いている他の複数の非常勤講師に聞いてみた。
すると、「大学に来たら打刻OKです。授業の前でも後でもいいし、大学を出て帰るときをでもいいです」と言うではないか。少なくとも、アマンダさんが授業前の打刻を命じられていた期間は、そうだった。
なぜ特定の講師だけが、厳密な打刻を命じられたのだろうか。
メールのやりとりで「これは普通じゃない」と不安に
授業前のタイムカード打刻は、メールでも念を押された。
タイムカードを打刻し、まったく遅れないようにしなければ、来年度は契約できない、と伝えられ、アマンダさんは必死になり、iPadに教室到着時刻を入力するなど、神経質になっていった。
ところで、アマンダさんはそんなに遅刻して問題を起こす人なのだろうか。彼女は複数の大学で授業を担当している。ある大学の専任教員は、「彼女にはずっと(授業を)やっていただいてますけど、今まで一度も問題を起こしたことはありません」と断言する。
iPadに教室到着記録を記録するなど努力もあり、2016年度もアマンダさんは契約でき、ほっと安心したという。しかし、大学はさらにメールを送ってきた
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大学は、非常勤講師を一律に5雇止めにするのではないと主張していたが、事実は違う。(上)13年の労働契約法改正によって契約期間の上限を5年としている。一律に5年と示している。法律の趣旨はその正反対だ。(中)ドイツ語非常勤講師の公募文書。はっきりと5年上限と書かれている。労働契約法には、契約が通算で5年経過すれば、非常勤講師が無期雇用への転換を求める権利を得る。その権利行使を阻止するための規定だ。(下)日本語非常勤講師の募集要項。ここでも「最長5年」。つまり、非常勤講師を一律に5年で雇止めするわけではないという上智大学の説明は虚偽といえる。
上智大学は2014年度から非常勤講師アマンダさんを監視し始めた。今回はその記録のうち2016年度と2017年度の実情を示す。カラーの表は大学作成の2016年度遅刻記録。授業開始の11時前でも勝手に☆印をつけて遅刻扱いにしている。実質的に遅刻はしておらず、「雇用契約満了に対する理由書」で「複数回の遅刻による勤務態度不良」というのは無理がある。右側のワープロの数字は、アマンダさんが教室到着時刻をiPadに記録していたもの。
2017年度の遅刻を主張するために大学が提出した遅刻表(左)と同時期にアマンダさんが記録していた教室到着時刻表(右)。相変わらず授業前にカードを打刻しても遅刻扱い。さらに30秒遅刻、40秒遅刻、チャイムが鳴っている間、チャイムが鳴り終わりと同時、などと詳細。徹底的な監視体制が敷かれていることがうかがえる。また、アマンダさんが労働時間延長(事業開始5分前に打刻)を了承しているから問題ないという大学の考え方だ。指示に従わなければ再契約しないと脅迫的なメールを送られれば、弱い立場の非常勤講師は従わざるをえない。
(上)左は上智大学11号館、右の白い建物は紀尾井坂ビル。二つの建物はつながっている。入口も二つあるが、どちらを使用しても教室まで5分もかからず、1分弱の場教室もある。(下)紀尾井教室115号。ここでもアマンダさんは教えていた。もちろん、入口から5分もかからない。なお、一連の大学提出文書では、アマンダさんだけが正門のカード読み取り機に打刻しなければいけないようである。(写真:大学関係者提供)
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きもすぎわろた
“監視員が物陰に隠れてチェック”。
垢抜けたミッション系大学のイメージをドブに投げ捨てる、生産性皆無のパワハラ日本企業体質。これが『沈黙』で言われていた「日本の沼」に嵌まったということなのか。
非正規労働時代の正社員の役割を彷彿…
「監視員が物陰に隠れてチェックし、10秒単位で遅刻を記録」「大学は遅刻一覧表などの証拠を都労委に出したが、逆に組織的継続的な監視の事実が明るみに出てしまった」
公務員って、業務自体に人間の陰湿さを加速させるきらいがある(個人の感想)
"自らの正当性を証明するために大学は遅刻一覧表などの証拠を都労委に出したが、逆に組織的継続的な監視の事実が明るみに出てしまった"自分らがしてることは正しいのか確認してねっと。
うへえ
最低だ
妥当かどうかは別として、ソフィア(英知/上智)ではない案件よね
"授業開始4分前にタイムカードを打刻しても彼女は“遅刻犯”の烙印を押された。監視員が物陰に隠れてチェックし、10秒単位で遅刻を記録する徹底ぶり"
「集団ストーカ案件」と思われてしまいそうだ。
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読者コメント
上智大学は恥を知って欲しい。上智大学だけに限らないが、林克明氏の他の記事にあった阪大や早稲田大もそうだ。
MNJでこの種の記事を読む度に感じるのは、大学というのは結局、入試難易度差はあっても教育力の差は実質無いということ(大学内部の教育体制はこのような非常勤講師に依存しまくり、各大学で教えている=授業の品質の差はほぼなし)かつて苫米地英人氏が指摘していた。これで学費も昔よりはるかに高いのだからやってられない。
記者からの追加情報
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