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「子会社には入るな!」京大卒ソニー半導体子会社・人事部員が、辞める前に伝える転勤辞令トラブルの背景

Uターン、Iターン就職者が陥る罠

情報提供
社員証掲載用
A氏の社員証

半導体製造で世界シェアトップ「TSMC」(台湾)との合弁で、熊本に新工場建設を進めるソニー。現在、ソニー子会社の社員たち(エンジニア・人事)が、その新会社に出向・転籍して工場立ち上げや採用を行っている最中だ。「子会社に入社するのはやめたほうがいいです。東大・京大生も採用しましたが、申し訳ないことしたな、と思っている。自分はIターンでしたが、UターンやIターンは、簡単にするもんじゃない、と思いました。経営層が子会社を軽視しており、最後は社員を守ってくれない、からです。ソニーはイメージセンサーで世界シェアトップとあって、これから子会社でも優秀な理系人材を採る予定なので、注意してください」(現役社員A氏)。いったい、何があったのか。

Digest
  • TSMC・ソニーともに世界シェアトップ
  • ソニー「転勤トラブル」事案の時系列
  • 簡単に帰れるものでもない
  • やりがいを奪われた
  • 妻が会社を辞め保育園を退園させた人も
  • 機能しないソニーのガバナンス「適切に対応している」
  • 「経営管理」と親会社が説明しない
  • 反省と改善があれば辞めなかった
  • 熊本大40~50人、東大や阪大はMAX5人
  • 子会社エンジニアがTSMCで工場立ち上げ中
  • 親子「出世の壁」と待遇格差「新卒から3万違う」
  • 生産子会社における女性
  • Uターン、Iターン転職「簡単にするもんじゃない」
  • 320人が新卒入社「親子社員ミックスみたいな部署も」

TSMC・ソニーともに世界シェアトップ

ソニーセグメント別損益
イメージセンサー事業だけで1555億円の利益を稼ぎ出す(2022年3月期)。単体の製品群としてはグループ最大の稼ぎ頭である。

「熊本のソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(ソニーの半導体製造子会社)に勤めています。もう退社するので、このまま当事者内の心に留めようと思っていましたが、『いい会社はどこにある?』を拝読し、記録として『世界シェアNo.1のソニー半導体企業が裏で何をしていたのか』を、どこかに残したいと思い、ご連絡しました」――。そんな情報提供を受けて取材すると、ようは転勤取り消しによるトラブルの告発であり、その後処理の仕方に、ソニーおよび典型的な古い日本企業の体質がよく出ている事案だった。

主にスマホのカメラ等に搭載される「CMOSイメージセンサー」市場で、世界シェア1位を維持するソニー(仏Yole Group調査によると2021年で39%、2位はSamsung Electronicsの22%)。CMOS=相補型金属酸化膜半導体。PCやスマホをはじめ消費者向け完成品では世界で敗退を続けてきたソニーが、モノづくりの分野で唯一、世界首位を維持して利益を稼ぎ出しているドル箱部品が、このイメージセンサーである。光を、センサーチップ上でデジタル化して出力する際に、半導体を積層構造にして処理スピードを高速化する仕組みとなっており、イメージセンサーのキーとなる主要原材料が、半導体である。そのイメージセンサーの製造を、従業員数1万1千人超の巨大企業である生産子会社「ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング」(熊本県)が担う。ソニーグループの資本が100%なので、ソニーの一部門である。

インタビュイーであるA氏は、京大卒・中途入社の現役社員(30歳前後)で、人事部に所属している。熊本へは、いわゆる「Iターン転職」で、3年ほど前に関西から移り住んだ。ソニー100%子会社ということで、子会社で働くことに不安はなかったというが、転勤辞令をめぐって、100%自らに落ち度がないにもかかわらずトラブルに巻き込まれ、理不尽な思いを持ったまま辞めざるを得なくなった。

ソニーの半導体セクター組織
ソニーの半導体セクター組織

働き方改革が問われる昨今、古い日本企業の意識の低さが具現化された事案といえる。ソニーが合弁で進めるTSMC新工場建設には、経済安保の観点から半導体工場の国内建設を後押しする日本政府が最大4760億円を助成することを決めており、ソニーの半導体事業に関する報道は公共性が高い。

以下、今回の事案詳細と、その背景にある「子会社で働くということ」について、詳細に話を聞いた。

ソニー「転勤トラブル」事案の時系列

2021年4月 熊本の本社から福岡オフィス(来夏完成)への転勤が打診される

2021年12月 翌年9月転勤の内示を受ける(最終的に8人)

2022年7月 転勤(9月)のための引っ越し手配を全て完了

2022年8月4日 急遽、会社から呼び出され、8人全員の転勤取り消しを伝えられる

2022年8月12日 A氏は既に手配済みで熊本の住居も解約済のため福岡へ引っ越し

2022年8月18日 福岡に住みつつ、会社説明会や面接などフルリモート勤務開始

2022年9月1日 福岡オフィス完成、親会社200人と子会社200人が勤務開始

(※他にも情報システム系の部門で数名の転勤が取消しになったとのこと)

人事部門から転勤取り消しになった8人のうち、5人は直前で引っ越しを止められたが、A氏を含む3人は福岡へいったん引っ越した。結果的に2人が退職。社員の人生は、会社のミスによって狂わされた。だが会社は、この事態を重く受け止めている様子がまるでないのだった。誰も責任をとっておらず、説明責任も果たしていない。

簡単に帰れるものでもない

労働契約確認書掲載用2
労働条件確認書。このあたりはコンプラを守って書面でしっかり出してくる。業績給比率が高く、総年収基準は、九州ではかなり高めである。

A氏は、福岡に引っ越した8月以降、ほどなくして「2023年3月31日までに福岡の住居を退去し、熊本へ帰還せよ」と命じられた。引っ越し費用は会社が負担する、という。

だが、熊本の現地は新工場建設ラッシュで、建設関係者らの住居ニーズも高く、簡単に住居が見つかるはずもない。これは現地を知る関係者全員にとって周知の事実だ。

本社と一体化した既存工場に隣接する南側の敷地では、現在、半導体製造世界最大手TSMCの製造子会社「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」(ソニーとデンソーが各10~20%程度を出資して合弁)が、2024年12月の稼働を目指して、日本国内初となる工場を建設中。この拠点から半導体を調達してイメージセンサーを増産する目論見で、ソニーも既存敷地から1キロ程度西側に、数千億円を投じて新工場を建設し、2025年度以降に稼働させる計画も報じられている。

TSMCの新工場周辺
現在、子会社のエンジニアが合弁会社に転籍して、工場の立ち上げを支援。子会社の人事部員もTSMCの採用支援を行っている。

ソニーに隣接する半導体製造装置大手・東京エレクトロン九州も、ソニーの500メートル西側に開発棟を建設中だ(2023年春の着工、2024年秋の竣工を予定)。半導体バブルの恩恵により、この地域一帯は、簡単に住居が見つからない。

「熊本の賃貸物件を出ますと言ったら、すぐ次の入居者が決まっていました。無理やり探したら、通勤でさらに30~40分も遠いところでしか住居は見つかりません」(A氏、以下同)

実害も生じた。福岡への転勤辞令に従って引っ越したものの、転勤手当は一律39万円。実際には追加で10~20万円の足が出た。だが、補てんの話どころではなくなった。

やりがいを奪われた

物理的な問題以上に、転勤取り消しになった理由が不明確なままでは、納得いかない。原因を特定し、反省すべき点は反省し、問題があったなら責任者が謝罪し、改善施策を講じない限り、問題は必ず再発する。次の犠牲者がでる。このリスクを負ったまま在籍を続けるのは困難だ。

だが最後まで、《どうやら親会社であるソニーセミコンダクタソリューションズ役員による「鶴の一声」でひっくり返されたらしい》――ということくらいしか、わからなかった。正式に書面で回答を求めたが、返答はなかったという。社員の生活やキャリアを、ずいぶん軽く見ている会社である。

「金銭的な損害よりも、やりがいを奪われ、莫大な時間を浪費させられたのに、当事者にとって納得のいく解決がなされていないことが重大だと思っています。説明を求めても、説明するべき責任者が出てこないし、事実関係も明らかにされません。社員を雑に扱っているのは、明らかです。最後は親会社が決めたことなのに、子会社の話だからと、対等に扱おうとしていない、と感じています。人間の問題を専門とする人事部内でこんなことが起きているのが、特に深刻だと思いました」

具体的な「やりがい」は、どういうものだったのか。

「自分のキャリア目標として、『地方で、理系の院生をどうやって採るか』に挑戦したいと思って3年前に入社した経緯があります。自分は新卒の採用担当なので、福岡オフィスへの転勤は、九州大学の学生をリクルーティングするのが目的でした。これはTSMCとの合弁で採用の拡大を進めるなか、会社の採用戦略としても、合理的な理由があります。大学教授との関係を作り、優秀な学生を近場の九州から採用する。それは自分としても是非やりたかった仕事なので、そのやりがいを、とられてしまいました。

だったら、自分は出身が関西なので、地元に帰ります、と。熊本に無理やり戻らせようとした親会社に、責任をとる姿勢がないのがダメだと思っています。子会社としては、社長以下、福岡に採用する機能が必要、との立場でしたから」

コンプライアンスに不備のある会社に、あえて在籍を続けるのは、リスクである。キャリアや生活面を考え、9月から転職活動を開始。2023年1月に退社することにしたのだった。

妻が会社を辞め保育園を退園させた人も

ほかの被害者たちは、どうなったのか。

「自分を含め、8人が転勤取り消しになりましたが、転勤にともなう結婚や育児など、家族を巻き込んだライフイベントが進んでいる人も多く、私を含む2人が辞めざるをえなくなりました。転勤先での、出産にともなう保育園の確保など、せっかく準備したものは、簡単には取り消せません。3人が福岡への引っ越しを止められませんでした。

2人は再び戻って勤務を続けるそうですが、うち1人は、妻が熊本で仕事をしていて、保育園に子供を預けていました。その人は、福岡への転勤が決まってから、妻が熊本での仕事を辞めて、保育園の退園手続きもして、福岡に転勤したと思ったら、半年後に熊本に戻されるわけです。

この8人は、たとえば10年関東で働いてから戻ってきた人など、Uターン転職組の人が多いので、地元が熊本だったりします。だから、私のように地元が関西や関東だから戻ります、というわけにはいかないんです。理不尽を、飲み込むしかない」

辞めてしまった妻の仕事、退園してしまった保育園…。いったい、これを、どうやって補償するつもりなのか。

社員には当然ながら、生活がある。転勤は、その環境を一変させる一大イベントだ。社員の人生を、マネジメント層のミスによって狂わせておきながら、この被害者8人に対し、責任者による説明会すら開かれていない。事実関係すら不明なまま、伝えられない。人に対する扱いが、実に軽い印象があり、過労死が起きる会社でよくありがちな社風である。社員を、ただの「将棋の駒」くらいにしか思っていないようである。

機能しないソニーのガバナンス「適切に対応している」

社員側には全く落ち度がないこの事案に対し、会社のホットラインは、どう対応したのか。

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ソニーグループのコンプライアンスレポート。何も新たな対応はなく、解決しなかった。

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