「調査中」は嘘だった――早稲田大学が博士論文「改ざん認定」の調査報告書を隠蔽、1ヶ月公表せず 科研費の不正支出も認定
沈雨香氏の論文に特定不正行為があったと結論づけた調査報告書。公的研究費(科研費)の不正支出も認定されている。 |
早稲田大学教育学部大学院で起きた博士論文の不正疑惑(著者・沈雨香助教=現在は国際教養学部に所属)について、同大学学術研究倫理委員会が調査を実施し、文科省ガイドライン(研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン)が定める研究不正の類型で最も重い「特定不正行為」(改ざん)に当たるとする最終報告書を11月28日付で作成、総長に報告していたことがわかった。科研費の不正支出も認定した。筆者はこの報告書を確認したが、早稲田大学は取材に対し「調査中」などと虚偽の説明を1か月以上も続けている。
- Digest
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- 読売新聞の後追い記事
- 「調査中」は嘘だった
- 調査報告書を入手
- デタラメだらけの博士論文
- インタビューも改ざん
- 調査「24人」のうち元データがあったのは「7人」
- 指導教官に万単位のプレゼント贈る「慣習」?
※調査報告書の特定不正行為認定部分はPDFダウンロード可
文科省ガイドラインによれば、特定不正行為を認定した場合、研究機関は「速やかに公表」しなければならない。だが早稲田大学はこれを無視。今回の博論不正をめぐっては、指導教官で筆頭審査員を担当した吉田文教授の責任が問われ、報告書もその点に言及している。公表を遅らせている背景には、学位剥奪をせず再提出でごまかすなど、日本学術会議第1部会長も務める”文系の重鎮”・吉田教授の責任回避を大学ぐるみで模索する動きもあるという。
読売新聞の後追い記事
調査委員会が不正を認定したことを伝える読売新聞12月8日付夕刊。早稲田大学広報室は11日、「掲載記事は、読売新聞によるもの」「調査中」と回答、しかし、実際には11月28日付で不正を認定する報告書が作成されていた。 |
早稲田大学が研究不正 教育学部大学院・沈雨香助教の疑惑だらけ博士論文に学位授与――指導教官で論文審査主査の吉田文教授と癒着か
を報じたのは12月5日のことであった。その3日後の同月8日、読売新聞の夕刊第2社会面に後追い記事が掲載された。
〈早大助教 博士論文に不正/倫理委認定 アンケート結果改ざん〉
早稲田大学国際教養学部の女性助教が執筆した学位論文について、改ざんなどの不正行為があったことが8日、関係者への取材で分かった。早大の学術研究倫理委員会が不正を認定しており、今後対応を検討する。…
3段見出しの記事で筆者の目に留まったのは「学術研究倫理委員会が不正を認定」のくだりである。調査委員会が調査を行い、不正を認定したとは初耳だった。早稲田大学は筆者の取材に対し、現在「調査中」であり、不正を認定した場合は「調査結果を公表する」と説明していたからだ。
▽(11月29日 三宅質問→沈助教・吉田文教授/広報室)
博士論文の疑問点について説明を求める内容。研究室から「広報を通じて取材を申し入れてほしい」旨回答があったため、広報室に取材を申し入れる。
▼(11月30日 広報室回答)
本学では、各種取材のお申し入れにつきましてしかるべき部局にて判断をしております。今回は残念ながら取材はお受けできないという結論になりました。申し訳ございませんが、ご了承の程、よろしくお願い申し上げます。なお研究不正を含めたコンプライアンス違反に対しては本学は厳粛に対応をしておりますこと申し添えさせていただきます。
▽(12月6日質問 三宅→広報室)
早稲田大学御中
国際教養学部・沈雨香助教の論文に関連して、以下取材としておたずねします。
1 大学の規程にのっとった研究倫理違反の調査の手続きはとられていますか。
2 調査の状況を教えてください。結果が出ている場合はその内容も教えてください。
3 調査結果を公表する予定はありますか。仮に公表されない場合はその理由を教えてください。
▼(12月8日午前 広報室回答)
前回、ご返信した内容と同じで恐縮ですが、本学では研究不正はあってはならないことと考えており、研究不正を含めたコンプライアンス違反に対しては、厳正に対応しております。
研究不正の通報があった場合には、調査委員会を設置し、調査の結果、 研究不正が認定された場合には、調査結果を公表します。なお、現在、本件については、調査中であり、現時点で公表できる情報がございませんので、回答は差し控えさせていただきます。
なるほど、調査はしているがまだ調査結果は出ていないのだと筆者は理解した。これらの大学の説明を聞けば、ふつうはそう考えるだろう。したがって、「早大の学術研究倫理委員会が不正を認定」という読売新聞の記事を読んだとき、その後状況変化があり、調査委員会の結論が出たものと判断した。そして早稲田大学の公表を待った。
「調査の結果、 研究不正が認定された場合には、調査結果を公表します」
早稲田大学広報室のこの言葉を信じていた。
ところが、読売新聞の報道から丸2日が過ぎ、12月11日になっても広報室から連絡はこなかった。念のため大学のホームページを確認してみたが、そこにも「不正認定」の記事はみあたらない。
早稲田大学大隈講堂。研究不正を認定した調査報告書の存在を隠蔽した疑いがある。 |
「調査中」は嘘だった
研究不正(特定不正行為)を認定した場合、その結果の公表は大学などの研究機関に課せられた義務である。文部科学大臣が作成した「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(文部科学省ガイドライン)は、次のように定めている。
・特定不正行為
①捏造:存在しないデータ、研究結果等を作成すること。
②改ざん:研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
③盗用:他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。
・調査結果の公表
調査機関は、特定不正行為が行われたとの認定があった場合は、速やかに調査結果を公表する。
特定不正行為(盗用・捏造・改ざん)を認定した場合は「速やかに」結果を公表せよとある。早稲田大学はなぜ沈助教の論文不正を公表しないのか。不審に思った筆者は、11日午前、広報室に3度目となる質問を行った。
▽(12月11日質問 三宅→広報室)
早稲田大学広報室御中
沈雨香助教の論文に関するご質問を引き続きさせていただきたいと思います。
これまでのご回答では、
1現在調査中である、
および
2不正を認定した場合は公表する
――とのことですが、8日付の読売新聞記事は学術研究倫理委員会が不正を認定したと報じています。
1学術研究倫理委員会による特定不正行為の認定はあったのでしょうか。
2文科省ガイドラインによれば、特定不正行為を認定した場合はすみやかに結果を公表すると定めています。現在もなお調査結果を公表していないのはなぜですか。
回答は、同日午後6時すぎにあった。
▼(12月11日 広報室回答)
早稲田大学広報課です。頂いたご質問について、以下のとおり回答いたします。
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掲載記事は、読売新聞によるものであり、本学では、本件に関して現在調査中のため、現時点で公表可能な情報はございません。
研究不正が確認された場合には、その結果を速やかに公表いたします。
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以上、よろしくご確認お願いいたします。
さすがに認めるだろうという予測ははずれた。読売の報道がまるで誤報であるかのような回答だ。
本当に誤報なのか。真相はほどなくしてわかった。筆者も「調査報告書」の入手に成功したからだ。
報告書は、A4版で全37頁(本文22頁、別紙17頁)。「国際教養学部における研究活動に係る不正行為事案に関する調査報告書」と表題が打たれ、作成者は「学術研究倫理委員会」とある。その上に記載された日付を見て再び驚いた。
2023年11月28日――
筆者が最初に早稲田大学に取材をしたのは11月29日である。報告書作成の翌日。つまり、最初に質問をした時点ですでに調査は終了していたのだ。「調査中」という大学の説明は嘘だったことになる。
調査報告書を入手
沈雨香氏(右。現・早稲田大学国際教養学部助教)からプレゼントを受け取る吉田文・同大学教育・総合科学学術院教授。1〜2万円程度の大衆ブランドバッグとみられる。沈氏の博士論文指導と学位審査を担ったが、調査委員会は同氏の博士論文に特定不正行為があったと認定した。 |
報告書には、調査開始は2022年6月で、文部科学省と独立行政法人日本学術振興会(JSPS)への告発がきっかけだったと記載されている。
JSPSとは公的研究費を支出している機関だ。告発は大学に回送され、早稲田大学内の学術研究倫理委員会が受理。予備調査の結果「本調査が必要」との結論になり、同年10月、調査委員会が設立された。
調査委員会は5名の委員で構成されている。委員長は、早稲田大理工学学術院教授の綾部広則氏。以下、札野順(早稲田大総合研究センター教授)、中澤渉(立教大社会学部教授)、眞嶋俊造(東工大リベラルアーツ研究教育院教授)、深山美弥(弁護士。元東京地検検事)の各委員である。
調査対象の論文は、沈助教が学生や研究員時代に発表した論文や学会発表、計8本だ。疑惑の博士論文だけでなく、修士論文も調査対象になっている。
1 論文A(博士論文、2019年提出)
2 論文B(2020年論文)
3 論文C(2021年論文)
4 論文D(2016年論文 FIRE誌=Forum for International Research in Education=撤回ずみ)
5 論文E(修士論文、2014年提出)
6 学会発表A(2017年 日本教育社会学会69回発表)
7 学会発表B(2018年 日本教育社会学会70回発表)
8 学会発表C(2018年 GCES=湾岸比較教育協会=発表)
博士論文と修士論文については、文科省ガイドラインに基づく調査対象とはならないが本調査の調査対象論文とした――旨の記載もある。また、研究費の不正使用疑惑についても調査すると書かれている。
第1回調査委員会は2022年10月24日に開催。以後、約1年間をかけて計6回の調査委員会が開かれ、2023年11月28日付の最終報告書(調査報告書)に至る。
そして、最終報告書の結論部分には、論文A(博士論文)、論文B、論文Cと学会発表Cについて、特定不正行為(改ざん)があったと認定したとある。さらに「その他の不正行為(自己盗用)」を認定したほか、公的研究費(科研費)の不正支出も認定した。
「学術研究倫理委員会が不正を認定」と書いた読売新聞の記事の正しさを、報告書の存在ははっきりと裏付けた。
デタラメだらけの博士論文
調査対象となった論文・学会発表一覧(調査報告書より) |
報告書の調査内容の部分を読むと、沈氏の論文の問題点が多数箇所にわたって指摘されており、これが日本の博士のレベルかとあきれてしまう。
たとえば、
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調査対象となった「疑惑」の表。沈氏は、論文A(博士論文)、論文B、論文Cとも同じ表(論文Aのもの)である旨説明した。しかし、論文Aの表に記載された「n=1439」の記載がほかの論文にはないなど疑問が残る。また調査した人数が1439人というのは正確ではなく、じっさいは1291人だった事実も発覚した。調査委員会は「特定不正行為(改ざん)と認定した。
論文Cに掲載された疑惑の表
博士論文(論文A)と論文Cに記載された「UW4」(「湾岸6か国の女性4番」の意味)のインタビュー内容
博士論文(論文A)と論文Cに記載された「UW4」の属性説明。内容に食い違いがある。沈氏は調査委員会に対して、正しくはUW5であった旨釈明しているが、論文Cに「UW5」の属性について紹介した記述はみあたらない。調査委員会は「特定不正行為(改ざん)と認定した。
吉田文教授が所属する早稲田大学教育学部
沈助教が所属する早稲田大学国際教養学部
「調査対象者を指導すべき立場にあった指導教員および当該研究科の学位審査体制については、調査対象者に比べて責任が重いといわざるを得ない」として吉田文教授の責任に言及した調査報告書
沈氏からブランドバッグのプレゼントを受け取った吉田文教授(左)
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あまり話題になっていないけど、結局どうなったのでしょうね。
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