演奏中の植松孝夫さん

今年の１月から４月の下旬にかけて、鎌倉市の湘南海岸に沿って広がる住宅街－－由比ガ浜４丁目で、あるビルの解体工事が行われた。このビルはKDDI鎌倉荘。鉄筋３階建ての保養所である。

東日本大震災の影響で解体工事は大幅に遅れたが、５月のゴールデンウイークの前には、建物があった場所は赤茶けた更地に戻った。土地の所有権もすでに住宅開発を手掛ける不動産業者に渡ったという。

振動と低周波音による健康被害

ジャズ・サックス・プレイヤーの植松孝夫さんとボーカリストの藤間嘉久子さん夫妻にとって、KDDI鎌倉荘の解体はひとつの節目だった。ビルの解体にともない、その上に設置されている携帯基地局が撤去されたからだ。

通常、基地局問題といえばアンテナから放出される高周波のマイクロ波による健康被害を指す。しかし、植松さん夫妻は、むしろ基地局から伝わってくる振動と低周波音に悩まされた。２人とも並みならぬ音感を持つミュージシャンということもあって、とりわけ音に対しては敏感だった。

空間を伝わってくる振動や低周波音が眠りを妨げた。それにつれて体調がどんどん悪化していった。植松さんが言う。

「息苦しくなってサックスフォンの音が出なくなることがありました」

プロに練習は欠かせない。が、それもままならぬ状態に陥った。基地局公害により、ミュージシャンとして築き上げてきたキャリアが脅かされ始めたのである。

実際、２０１０年６月１９日付けの主治医の診断書は次のように悲観的なものだった。

一方、藤間さんを悩ませていた症状は、振動感、頭痛、視力の低下、不眠などだった。２０１０年８月２７日付けの診断書は、次のように述べている。

このような状況になっても、KDDIは基地局の撤去を求める植松さんの声に耳を貸そうとはしなかったのである。

モダンタイムス

わたしが初めて植松さん夫妻を訪問したのは昨年の３月だった。携帯電磁波による健康被害を調査する中で、鎌倉市の住民運動家から夫妻を取材するようにすすめられ、自宅にうかがった。

そこで遭遇したのは驚くべきグロテスクな光景だった