社内教育で従業員に配布された資料の一部。労働災害についての会社の基本的な考えが示されている。「自分の安全は自分で確保する」とされ、もし怪我をしても自己責任だから会社に迷惑をかけるな、というようにも読める。
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トヨタ自動車の現役正社員として、プリウスなどを生産する堤工場(豊田市)で勤続8年となる染谷大介氏(35歳)は、会社に何の不満も疑問も感じない、普通のトヨタマンだった。しかし今年8月1日、仕事中に右ヒザ靭帯を損傷して以降、会社の対応に疑問を持ち始めた。狭い部屋で6人の上司に囲まれ「労災じゃない、健康保険を使え」と迫られたり、上司が病院まで出かけて行き「労災保険を健康保険に切り替えます。トヨタにはそういうルールがあるんです」と病院事務員に伝えるほどだったという。会社で仕事中にケガをしたのに、なぜ労災保険を使ってはいけないのか――この素朴な疑問はトヨタでは通用しないのだ、と悟ることになった。15年3月期決算見通しで過去最高の2兆5000億円という空前の営業利益をあげるトヨタの現場で、何が起きているのか。「働いていて楽しいと思えるトヨタに変えなければなりません」と実名で名乗り出た染谷氏本人から、3回にわたり、トヨタの内情を語ってもらう。
【Digest】
◇ビキっというヒザの音で人生が変わった
◇手取り30万円切る8年目の月給
◇7両連結の台車を引き右ヒザ負傷
◇安全衛生処置室にいたのは3分間だけ
◇労災保険ではなく健康保険で治療
◇上司が自宅まで診断書を取りに
◇労災保険を使うな、メール&電話攻勢
◇ビキっというヒザの音で人生が変わった
2014年8月1日午前10時20分、トヨタ自動車堤工場の組立部で台車を引いていた染谷氏は、片足で踏ん張った瞬間、ビキっという音と痛みが右ヒザに走った。台車が重すぎたのだ。
右膝外側副々靭帯損傷を負ったのである。この瞬間まで「とくに大きな疑問や不満を会社に持つこともなく組合(トヨタ自動車労働組合)にも不満もありませんでした」という染谷氏は、ごく普通のトヨタマンだった。
しかしこの瞬間が、彼の人生を大きく変えるきっかけとなる。これ以降、1か月半の間に様々な出来事が起こり、既存の労働組合を脱退して、トヨタ系企業で働く労働者なら正規・非正規を問わずに一人でも入れる全トヨタ自動車労働組合(ATU=全ト・ユニオン)に加入し、9月24日には会社に対して加入通告した。
ごく普通のトヨタマンが、会社の実態を社会に訴えるまでに何が起きたのか、を本人に語ってもらう。
「僕は千葉県出身なのですが、名古屋の運輸会社に就職しました。しかしどうしても自分に合わなくて1年ほどで辞めたのです。その後、公務員を目指して勉強をしたり、今後どうしようかと考えていたときにトヨタが期間従業員を募集していたので応募し、期間従業員として入社しました。
堤工場の組立部で、期間従業員として25歳で入社してから10年間、いまも同じところで働いています」
◇手取り30万円切る8年目の月給
「まもなく正社員への登用試験を受けて、正社員になりました。正社員になってからも堤工場の組立部に務め続けています。これは期間従業員のころから10年間変わりありません。
堤工場では、入社したら異動はなく、退職するまで同じ場所で働く人が圧倒的に多いです。
仕事内容ですが、部品メーカーから部品が送られ、組立ラインに部品を供給するのが第一の目的ですね。届けられた箱を場所ごとに分けて、郵便局の配達のように仕分けします。
だいたい箱のまま必要なところまで移動させます。空箱をメーカーに返すように仕分けして移動させるのも業務内容です。
いまは1直と2直にわかれています。
1直 6:30~10:40
11:25~15:40+残業1時間まで
2直 16:15~20:25
21:05~1:00+残業1時間まで
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週毎に勤務がかわり、土日は休みで祝日は出勤です。
正社員になって8年経ちますが、僕は一番下の『一般』というところにいます。この上にEX(エキスパート)→GL(グループリーダー)、→CL(チーフリーダー)と昇進し、このCLまでが組合員。その上が課長になります。
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入社8年の染谷氏の給与明細書。深夜勤務などを考慮すれば決して高いともいえない。「一般」従業員からひとつ上のEX(エキスパート)になると給与はかなり上がるというが、それには通常、10年かかる。(下)は、既存の労働組合を脱退しATU全ト・ユニオンに加盟して以降のもの。④「その他の控除金」から労働組合費4711円が抜けているのがわかる。 |
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EXになるには早い人で10年くらいと言われています。GLでは、40歳くらいで若い感じです。GLまで昇進すればすごい、という感じですね。45歳でCLになれたらすごい、だいたい50歳くらいでなれるかどうか。
正社員8年目の僕の給料とその内訳は、.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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8月1日、ケガをして安全衛生で湿布とクスリを与えられたことが記録されている。安全衛生処置室にいたのは3分間くらいだったという。 |
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事故当時の様子を記録した社内の労災にかんする報告書。これをみると、勤務中に起きたケガであるのは明らかだろう。 |
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