乗客が前腕切断、轢いた電車は次駅へ 運転士車掌駅員は気づかず
東京メトロ半蔵門線「住吉駅」でホームから転落、5分以上放置
大泉紘一氏(仮名)がホームから転落した時の状況を再現した人形。ホームのすぐ下に転落し、一命はとりとめたが、右前腕を切断された。(写真は、大泉氏が東京メトロなどを相手取って起こした民事訴訟で証拠採用された写真。赤文字は筆者。大泉氏は、民事訴訟の前に業務上過失致傷罪で刑事告訴しており、その際に実況見分調書が作成されている。刑事では証拠不十分で不起訴) |
飲酒した男性が地下鉄ホームから転落し、5分以上も発見されないまま電車に轢かれ、右前腕を切断されてしまった。しかも、轢いた電車は何事もなかったかのように次の駅に向けて運行。他の乗客も運転士も車掌も駅ホーム監視員も気づかなかったのか、重傷の転落客をそのままにしてしまった。事後一分後にホーム上の乗客に発見されたとはいえ、普通では考えられない事故が2016年12月、東京メトロ半蔵門線・住吉駅で実際に起きた。一命はとりとめたものの男性は重傷を負い、一生義手の生活を送らねばならない。男性の知人から、この特異な地下鉄事故について本サイトに情報提供があり調査に着手した。人身傷害事故の10人に6人が酔客、死傷者の10人に8人が男性とのデータもあり“明日は我が身”だ。当事者の男性と一緒に事故現場を訪れ検証した。
- Digest
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- 最も危険なのは「12月の金曜日23時すぎ、酔った男性」
- ホームから転落し5分以上放置、右前腕を切断
- 電動義手だが、文字も書けず
- 忘年会の帰りに駅のホームから転落して・・・
- 地下鉄車両先頭から見た事故現場
- 何十人もの乗客は線路から離れた場所を通行、転落者に気付かず
- ホーム上の状況、ホーム下の状況
- 一人の駅員が地下3階と地下4階にあるホームを交互に監視
最も危険なのは「12月の金曜日23時すぎ、酔った男性」
大都市の鉄道駅では、朝から晩まで膨大な数の人々が行き交う。
先を急いで駆け込み乗車する人、階段を駆け上る人、ホームの端を歩く高齢者や白い杖の人、ベビーカーを引く人、ホームでふざけている下校中の小学生、スマホを見ながら歩行する人、酔っぱらって足元がおぼつかない人・・・。
このような光景を見て、危ないな、と思った経験を持つ人は多いだろう。そもそもホームの幅が狭く、ラッシュ時に端を通らざるを得ない危険もある。おそらく多くの人は、ヒヤっとしたことが一度や二度はあるのではないだろうか。
国土交通省鉄道局による「鉄軌道輸送の安全に関わる情報」(令和4年度)によると、線路内やホーム上での列車との接触などの人身傷害事故は全国で341件、死傷者数は350人(死者183人、負傷者167人)。
この「人身傷害事故」とは、「列車または車両の運転により人の死傷を生じた事故」のことで、列車事故、踏切障害事故および道路障害事故にともなうケースを除いたものを言う。また、自殺による死傷も除いてある。
人身傷害事故の原因のうち、ホーム上で車両接触が22.3%、ホームから転落が12.3%だ。
少し古いが、平成25年12月から26年1月にかけて首都圏23鉄道会社が「プラットホーム事故0(ゼロ)運動」を実施したことがある。その資料の中に人身傷害事故について興味深いデータがある。
〇月別 最も多いのは12月
〇曜日別 最も多いのは金曜日
〇時間帯別 23時台(21時から急増)が最多
〇酔客の占める割合 57.1%(平成24年度関東運輸局管内集計データでは63・5%)
〇性別 死傷者の81.3%が男性
これらのデータを見ると、次のような光景が見られてもおかしくない。
働く男性が12月に忘年会に参加。終了後ほろ酔い気分で家路につく。12月の金曜日で夜11時すぎに、ホーム端を歩いていて電車に接触するか、あるいは転落し・・・。
実際に、それと同じ状況に陥ってしまったのが、東京都在住の大泉紘一氏(仮名・当時64歳)である。
ホームから転落し5分以上放置、右前腕を切断
大泉氏は、忘年会帰りの2016年12月27日午前0時6分台に、東京メトロ半蔵門線「住吉駅」ホームから転落、気を失ったまま5分以上発見されず、入線した電車に轢かれて右前腕を切断され、3か月の重傷を負ってしまった。
しかも、大泉氏を轢いた電車は、そのまま次の駅に向かって進行し、立ち去ってしまったのだ。
数ある鉄道人身事故でも、レアなケースではないのか。第一に、田舎の無人駅などではなく東京の地下鉄駅で、乗客が線路から転落して5分強も、駅員にも、ほかの乗客にも、発見されずにいたこと。
第二に、腕を切断した電車が、そのまま次の駅に向かっては運行してしまったことである。言ってみれば、ひき逃げの様な形。まさに前代未聞の事故ではないのか。
この不可解な二点が、筆者がこの鉄道事故に関心を持った原因である。
電動義手だが、文字も書けず
電動義手(右腕)を装着。5年ごとに新しいものに更新しなければならないという。 |
都内の駅で待ち合わせ、近くの喫茶店で話を聞いた。大泉氏の右腕は、義手だ。
「動くんですか?」
「ええ、電動式なのでほんの少し動きます」
肘から下の部分をゆっくりと動かすことはできるようだ。大泉氏は、水の入ったグラスをつかむ仕草をする。が、水の入ったグラスは、持つのは危ないし、ペンで文字を書くこともできない。
一生、電動義手を装着することになり、大泉氏が失ったものは大きい。
「とにかく、東京メトロには隠蔽体質を感じます。たとえばここに『安全報告書2017』というものがあり、事故の報告が書かれています。
でも、事故の例としてベビーカーを持つ女性のドアへのひっかかりが書かれていて、私の事故は、鉄道人身傷害事故13件という数字の中に入れてあるだけです。
腕を切断された私の事故が、報告されていません。こういうところに、隠蔽したいという東京メトロの本心を、私は感じてしまうのです」
この報告書には、盲導犬を連れた乗客の転落事故については記載されている。しかし、前腕を失う重傷を負った本人にしてみれば、自分の事故にまったく触れられていない報告書に疑問をもってもおかしくない。
「何よりも、今に至るまで東京メトロから謝罪とか、悔みの言葉がまったくないんです。それも納得いきません」
その日、何が起きて事故にいたったのか。そのプロセスを整理する。
「鉄軌道輸送の安全に関わる情報・令和4年度」(国土交通省鉄道局)。今回取り上げた事故タイプは横線で表した人身傷害事故になる(赤線筆者) |
忘年会の帰りに駅のホームから転落し・・・
IT系の会社経営者である大泉氏は、自社以外でも社外取締役を務めていた。2016年12月26日、その会社で株主総会があったため文京区に赴き、総会終了後は、年の瀬もせまっているため会社内で忘年会となった。
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大泉氏が転落するようす。ホームを行き交う乗客がいなくなったときに、転落してしまった。(民事裁判に提出された証拠=監視カメラ映像から筆者が作成。赤丸も筆者)
転落した場所を指さす大泉紘一氏。東京メトロ半蔵門線・住吉駅。
事故当時、駅員が監視していた位置から転落現場を撮影。
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2016年12月で地下鉄の事故をネット検索しても、何もない。 これだけの事故なら当たり前にネットには無数の情報・意見が上がるはず。 どうして。
両腕か・・当事者になったら酔ってたんだし仕方ないにはならないよな。酒は怖い。他人とかあんま見てないし、私もこういうの気付かないだろうな。
気の毒だとは思うけど、酔っ払って勝手に落ちてそのまま……だからなぁ。もちろん監視員に気づけよ助けろよって気持ちはわかるけど、ひき逃げって言うより状況としてはあたり屋だし。
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2023年5月16日、東京地裁は原告の請求を棄却。大泉氏は控訴し10月2日から東京高裁で審理が始まる。裁判の状況および読者からの要望により、続報記事掲載の可能性あり。
【控訴審第1回口頭弁護論】
10月2日(火)10時30分
東京高裁817号法廷
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