「止めるなら今だよ」「君達が大変なことになるよ」の校長発言、都労委が違法認定 教師の全面ストライキが起きた上野学園で
上野学園中学高校の吉田亘校長(卒業アルバムより) |
日本一人負け30年の原因のひとつに、大人しすぎる労働者の存在が指摘されている。低賃金、残業代不払い、長時間労働、パワハラ等に苦しめられてもストライキがまれな日本は世界的にめずらしい。今年は西武百貨店のストが注目を浴びたが、実はこの時期、あるストライキ事件が大詰めを迎えていた。ストを実行した東京都台東区の上野学園中高の教師らに、吉田亘校長が「やめるなら今だよ」「君たちが大変なことになるよ」と発言、学園は「当学園は、厳正なる対応をする」と組合に通知書を送付したのだ。東京都労働委員会は、これらを不当労働行為と認定したが、学園は命令を不服として中央労働委員会に再審査を申し立て、2023年12月現在、都労委の命令を履行していない。
- Digest
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- 「今時珍しいスト妨害」と組合側弁護士
- 大波乱――教授らが経営陣を刑事告発した過去
- 毎年赤字でも理事は年収2千万円以上、学園管理会社からも報酬
- 経営一族が役員の学園管理会社に高額委託
- 「作る会」の教授二人を解雇、学園は「旧経営陣の責任問わず」と決定
- 文部科学省参事官は上野学園理事長に「遺憾」を示す通知を送達
- 私立高平均より3割少ない給与の教師らが残業代2億円の支払いを求め提訴
- 2016年の紛争が再燃か? 残業代訴訟のもう一つの側面
- 残業代支払い訴訟に名を借りた経営権奪取の目論見だ! と学園は反発
- 中高教員がついに全面ストライキ
- 配布ビラを捨てるゴミ箱を設置はトヨタと同じ手法
- 「止めるなら今だよ」「君たちが大変なことになるよ」と校長
- 生徒の指導のためにストから離れようとした教員を拒んだ
- 混乱した生徒たちがストライキの説明を求めて要望書提出
- 生徒への説明会を中止せよと迫った上野学園
- 東京都労働委員会に不当労働行為を申立て
- 第一のポイント ビラまき妨害
- 第二のポイント 校長の発言「止めるなら今だよ」ほか
- 第三のポイント「厳正たる対応をとる」と記載の通知を渡したこと
※資料は末尾にて5点、PDFダウンロード可
上野学園は、世界的ピアニストの辻伸行を輩出した音楽大学や短大・中学高校を擁する学校法人で、2016年以降、経営者一族と一部の教職員、保護者たちの対立が表面化し大騒動が起きた(2020年7月の理事会で、2021年度以降の大学部門の学生募集停止を決定)。私立大学・短大の経営が困難になる中、経営者一族の影響の強い学校法人の難しさが改めて浮き彫りになっている。
【過去3年の経緯】
・2020年12月、ストライキ実施
・2021年1月12日、組合が都労委に不当労働行為救済申立て
・~2022年、都労委で双方進行、学内で団交進行、結論出ず
・2023年7月28日、都労委は命令書を決定
・2023年9月7日、都労委が学園に命令書交付、組合側が全面勝利
・2023年9月14日、学園は命令不服とし中労委に再審申し立て
・12月7日現在、学園は都労委の命令履行せず労組法27条15違反
「今時珍しいスト妨害」と組合側弁護士
東京都労働委員会から不当労働行為を認定され、救済命令を受けた東京都台東区の上野学園。 |
組合側全面勝利の東京都労働委員会(都労委)の命令交付を受けて10月19日、上野学園中高教職員組合(本部・東京管理職ユニオン)は厚生労働記者会で記者会見を開いた。
冒頭、組合の代理人・棗(なつめ)一郎弁護士から、象徴的な発言が出た。
「本件は、今どきここまでやるのかというスト潰しです。西武百貨店ストでも相談を受けており、水面下でストつぶしの動きがあったが、ここまで露骨にやりません。
使用者側にも争議行為はあり、事業所そのものを閉鎖するロックアウトという手段と、同盟罷業により働く人がいなくなるので、人員を手当するなどのスト対抗手段措置をとることありますが、ここ(上野学園)は、露骨にストに介入した珍しい事案です」
東京都労働委員会から学内に掲示することを命じられた文書。不当労働行為が認定されている。文書掲載する日付は法人が記入する。12月7日現在、学校法人上野学園は命令を履行していないため文書に日付はない。 |
その“珍しい事案”の概要は、都労委が学校法人上野学園に学内掲示を命じた文書(画像参照)を読むとほぼ分かる。
上野学園が行った次の4点が支配介入・不当労働行為にあたると都労委が認定したのだ。
① 配布ビラを「受け取らないように」と声掛けしゴミ箱を設置したこと
② 校長による「やめるなら今だよ」などの発言
③ 「当学園は厳正なる対応をする」とした「御通知」を組合に出したこと
④ 生徒指導のためストから一部離れようとした教員に業務を認めず、その分の賃金を支払わなかったこと。
文書掲示と④に絡む賃金支払いを命じられた上野学園は、命令を不服として9月14日、中央労働委員会に再審査を申し立て、命令を履行していない。
再審査申立てを受けた中労委は、上野学園の石橋香苗理事長に次の文書を送っている。
≪(前略)労働組合法27条の15により、再審査の申立てがあった場合でも、その効力は停止されないので、これを履行しなければなりません。もし、上記の初審命令が履行されないときは、労働委員会規則51条の2の規定に基づいて履行勧告を行うことになります(後略)≫(9月25日付)
しかし12月7日現在、上野学園は都労委の命令を履行していない。労働組合法27条15違反である。
それにしても、なぜ先生たちがストライキまでして訴えるのか。少なくとも7~8年前までさかのぼって経緯をみる必要がある。
大波乱――教授らが経営陣を刑事告発した過去
学校法人上野学園は、中学・高校・短大・音楽大学を運営する。1904(明治37)年の私立上野女学校創立が前身だから、120年の伝統校である。そのうち上野学園大学は、世界的なピアニスト辻井伸行氏など多くの音楽家を生み出してきた。
この学園に大波乱が起きたのは2016年3月。石橋慶晴理事長(当時)ら経営者の石橋一族が学園を私物化していると批判する教職員、保護者、卒業生らが「新しい上野学園を作る会」(以下「作る会」)を結成。マスコミでも取り上げられるようになった。
「作る会」結成の趣旨は、学校法人の収支が連続でマイナスを記録するなか、理事長らが毎年2000万円以上の報酬を受け取り続け、教職員の給与を据え置きもしくは減額、解雇、授業数カットなどをしているのは問題だから、これらを是正しようということだった。
共同代表に横山幸雄教授(ピアノ)、村上曜子教授(声楽)が就任。横山氏は辻井伸行氏を教えたこともある。
上野学園、激動の2016年
●2016年6月、石橋慶晴理事長は辞任し、理事で妻の石橋香苗氏が理事長に就任。
●2016年6月、保護者有志が第三者委員会設置の要望書を学園に提出。
●2016年7月、上野学園が法人所有のバッハの直筆譜をオークションにかけ、約3億4000円で売却。
●2016年8月、「作る会」の横山共同代表らが、背任の疑いで石橋慶晴前理事長を警視庁上野警察署と東京地検に刑事告発。(後に取り下げ)
●2016年8月、文科省は上野学園の石橋香苗理事長を呼び、第三者委員会による調査を求めた。
●2016年10月、今井和男・虎門中央法律事務所代表弁護士を委員長とする第三者委員会設置。委員は他に、青本健作・学校法人明治学院理事長、木内秀樹・学校法人東京成徳学園理事長。
2016年12月1日に発表された第三者委員会の調査報告書は、驚くべき内容だった。
毎年赤字でも理事が年収2千万円以上、学園管理会社からも報酬
第三者委員会報告書によると、石橋慶晴前理事長の報酬および給与は、大幅赤字が続いていた状況で毎年2000万円以上だった。
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第三者員会調査報告書を受けて、上野学園理事会に小委員会を設け、「学外専門家が中心となり、本学園と関連会社との取引内容を詳細に精査」した結果、「現理事会として旧経営陣の法的責任を問わないという結論に達し」たことを知らせる学内向け文書。
上野学園からの回答や報告をいくつか受けている文科省参事官は、遺憾を示す通知書を理事長あてに送っている。理事への報酬等に関する問題について「丁寧な説明」をするとした上野学園の回答がを「反故にされる」、と厳しい文言が記載されている。
ストライキを行った上野学園中高の先生たちの給与水準は、東京私立の平均よりかなり低く設定されてきた。左の列が上野学園教職員の本俸、右が東京私立の平均。
残業代支払いを求め提訴した先生の給与明細と勤務時間実績。夜遅くまで働いている日が多いが、時間外手当の欄は空欄だ。(注:赤線は筆者)
上野学園中高では、ボーナスについて労使の妥結がないまま暫定的に年間2か月分(夏季1.0月、冬季1.0月)が何年も支給されてきた。今年の夏季一時金1か月分を返還せよと学園は伝えてきた。
(上)先生たちと経営側とのストライキに際し、不安を覚えた20名以上の生徒有志が、理事長、校長、組合委員長に宛てて提出した要望書。(下)説明する責任があると考えた組合は、保護者と生徒向けの説明会開催を決めた。
組合が保護者と生徒向けの説明会を開催すると決めると、学園は説明会の中止をもと求めてきた。「当学園は、厳正なる対応をする所存」の文面が、「ユニオンらの運営に対する支配介入に該当するといわざるを得ない」と認定された。
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- 東京都労働委員会の命令書全文
- 第三者委員会調査報告書
- ストライキ時に配布されたビラとQ&A
- 組合によるストライキの実施についての経過説明
- ストライキ、ビラ、組合に対する学園側の反論文書
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