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TikTok運営バイトダンスにレイオフされました(上)――「あなたの役割は来週なくなる」 3対1で一方的に不利な退職合意書にサイン迫る

情報提供
1枚目サムネ写真2
最終的にサインすることになった退職合意書を示し説明する元社員。上はロゴ。

2024年のある日、TikTokを運営する中国企業として有名なBytedance(バイトダンス)の若手社員が突然、日本法人本社を置く『渋谷ヒカリエ』のミーティングに呼び出された。出席者は、直属の上司と、その上の本部長クラス、そして社内でHRBPと呼ばれる人事部長で、1:3だという。内容は、告げられなかった。「何か、怒られるのかな?」。あまり深く考えずに会議室に行くと、レイオフの通告だった。「標準パッケージは月収3ヶ月分の退職金ですが、1週間以内に退職合意書にサインすることを条件に、5か月分を出します。退職日は来月の〇〇日で…」。前触れがなかったので、驚いたという。

Digest
  • 突然のミーティング設定
  • グーグル、アマゾン、セールスフォースとの違い
  • 「ロールがなくなりました」
  • 採りすぎて売上が追い付かないから減らす流れ
  • 65人減った日本法人
  • 退職合意書(テキスト)

突然のミーティング設定

退職合意書1枚目
甲(社員側)の義務ばかり羅列する退職合意書(全6ページの1ページ目)。末尾より全文PDFダウンロード可。

とりあえず条件など内容を確かめるため、退職合意書(SEPARATION AGREEMENT)案をもらって検討することにした。それが、左記文書である。そこには、バイトダンス側にとって一方的に都合のよい文言がつらつらと並んでいた。

雇用主側と社員側との「情報の非対称性」につけこみ、「1週間」と期日を切って、専門家とじっくり相談し考える時間を与えず、法律の素人である従業員にとって不利な内容をどさくさまぎれに受け入れさせる手口で、セールスフォースはじめ、リストラ界隈では多用されている。

合意書には、以下の条文があった。

第2条 甲の義務

「7. 甲は、口頭、SNS(LinkedIn, Facebook, Twitter, Instagram及びTikTokを含むがこれらに限られない)への書き込み等その方法の如何を問わず、本合意に至った経緯、本退職合意書の存在及び内容その他本件に関する一切の事項を第三者に口外しないものとする。」

日本国憲法第21条で保障された表現の自由を侵害している。我が国では、筆者のような「第三者」が当事者を自由に取材し、当事者はその取材に応えて話す「言論の自由」が合法的に保障されている。ここは中国でも香港でもない。

また、この第2条では、甲(社員)にだけ8項目もの義務を課すが、乙(会社側)の義務についてはカネを払うこと以外の項目自体が存在せず、きわめてバランスを欠いたご都合主義の合意書の押し付けであることがわかる。労働者に敬意を払わず、単なる搾取の対象とみていることが推認される。

第4条 名誉棄損の禁止

「甲及び乙は、今後、口頭、SNS(LinkedIn, Facebook, Twitter, Instagram及びTikTokを含むがこれらに限られない)への書き込み等その方法の如何を問わず、相互に相手方の不利益となるような言動を行わないものとする。」

相手方の不利益となるような言動をすべて、禁止できる「名誉棄損」と記しているが、公益性・公共性がある場合に、事実を社会に広く知らせる行為は、名誉毀損の違法性が阻却される。すなわち、事実の公表および論評という形で、堂々と名誉を毀損してもよい(民主主義国家では、公益に資するほうが優先となる)。

突然のレイオフ通告は、判例によって解雇が厳しく制限されている我が国では、およそ合法とは言えない行為である。よって、バイトダンス社のような有名なグローバル大企業でこのような事実が発生していることを、あらゆる手段をもって広く伝える行為は、公益性・公共性が高く、名誉毀損の違法性阻却事由となる。つまり、禁止することはできない。きわめて違法性の高い条文である。

第6条 違約金

1.甲が本退職合意書に定める義務又は表明若しくは保証した事項に違反する事実(以下「本件違反」という。)が発覚した場合、甲は乙に対し、違約金として●●●●万円を支払う。

2.本条の規定は、乙の甲に対する損害賠償の請求を妨げないものとする。

第7条 損害賠償

甲の本件違反に起因又は関連して乙に損害、損失又は費用(合理的な弁護士費用を含む。以下、総称して「損害等」という。)が生じた場合、乙は甲に対し、当該損害等の賠償を請求することができる。

上記の●●●●万円には、個人の年収相当の金額が記されている。実に、たちの悪い脅し文句である。そもそも憲法違反の疑いが強い、違法性の高い条文を示したうえで、それを守らなかったら年収分の違約金を払え、という合意書にサインを迫っている。若い社員に対し、この合意文へのサインを、3:1の数的優位をもって密室で迫る行為自体に、脅迫や強要の疑いがある。

第8条 権利放棄

甲及び乙(乙の従業員、役員、関係会社その関係者を含む。以下、本条において同じ。)は、甲と乙との間には、本退職合意書に定めるもののほか、何らの債権、債務のないことを相互に確認する。さらに、本退職合意書に定める請求を除き、甲は、甲の退職に関連する事実又は甲の乙での雇用期間中に生じた事実に基づく一切の請求を放棄するものとする。

こうした「一切の請求を放棄する」ことは、労働者から、憲法で定められた裁判を受ける権利を奪うものであり、違法である。残業代の未払いやパワハラによる損害賠償など、時効を迎えていない加害行為による損失は、退職後に発覚し、請求することが多い。その調査や精査には、専門家との相談を含め、何か月もかかり、労働法の素人である一般社員にとって、大変な作業である。

たとえば在職中に受けたパワハラや違法な長時間労働によって鬱病が悪化し、後遺症が残ったり、長期療養で仕事に復帰できなかったり、自殺に至るケースもある。原因は職場環境にあるのだから、労働安全衛生法や労基法違反で労働局に告発したり、賠償を請求する権利は、基本的な人権だ。

グーグル、アマゾン、セールスフォースとの違い

アマゾンの退職合意書
シンプルなアマゾンの退職合意書

ショート動画でライバル関係にもあるグーグル(【全文公開】日本のグーグル社員に通達された「退職パッケージ」…)と比べると、その内容の格差は歴然としている。

パッケージの条件面がグーグル9か月分に対してTikTok5か月分なのは致し方ないとしても、脅し文句を提示するようなことを、グーグルは行っていない。外資のなかでは、かなり道徳的なほうである。

グーグルの現役社員たちは、顔をさらして記者会見まで開き、堂々と証拠を示して、その妥当性や合法性について世に問うている。これが民主主義国における労働者の権利である。

大企業のレイオフ情報は広く知られるべき公共性の高い事実だ。雇用が、世界中で優先度の高い政治課題であることに疑いの余地はない。

GAFAMの一角、アマゾン(AWS)の退職合意書(右記=AWS新卒2年目もレイオフ参照)を見ても、SNSの禁止、名誉棄損の禁止、違約金や損害賠償などの規定は、すべて一切、一文字も記載がない。

これが常識的な、従業員と雇用主が対等な関係にある、RESIGNATION AGREEMENTである。(※バイトダンスは、単純な切り離しを意味するSEPARATION AGREEMENTという表現を使っている)

セールスフォース退職合意書7ページ
セールスフォースの退職合意書(全7ページ)

セールスフォースの退職合意書(右記)は、もともとTikTokに近い人権無視なものであったが、競合他社への転職を1年間禁じるなど、一見して憲法違反と断定できる内容を堂々と記した真っ黒な内容だったため、基本フォーマットの条文は、変遷を重ねていった。

2023年~2024年にかけて、「守秘義務」の項目がなくなったり、「秘密事項」の定義が8分の1の量に削減されたり、「1年間の競合他社への就労禁止」が丸ごと削除されるなど、多少は合法的でシンプルなものへと改善されたのだった。(→参照:脅迫的手法で指名解雇

「ロールがなくなりました」

セールスフォースの記事を読みました。私も同じような体験をして辞めざるを得なくなっていて、納得していません」――。元社員は、突然の〝解雇通告〟に憤り、取材に応じた。

バイトダンス就業規則の退職・解雇の項目(右下画像参照)を見ると、解雇される理由はとくに見当たらなかった。

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バイトダンス就業規則の退職・解雇の項目(英文は透かし完全消去のためボカシ入り)。就業規則に透かしをいれる会社など聞いたことがない。よほどバレたらまずいことをしている自覚がある、ということだ。

バイトダンスの被保険者数の推移(日本年金機構に情報開示請求したもの)

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