B:不良企業予備軍
(仕事3.0、生活3.0、対価3.0)
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「何がV字回復なんだか。社員の報酬を削って利益にしているだけじゃないか」。中村改革の成功が外向けに華々しく喧伝されるなか、現場社員の間では、こんな不満の声も多い。現場は人が減って忙しくなるばかりで、V字回復の恩恵は全くないという。
実は、中村改革によって社員が受けたダメージで最も大きかったのは、年7.5%という破格の金利が付いていた住宅積立て制度が廃止されたことだった。上限は500~600万円程度といったように決められていたものの、市中金利が限りなくゼロに近付くなかでメリットは大きく、廃止の決定には大ブーイングが起きた。
2004年4月からは、家族手当を廃止。従来は、配偶者1人につき月21,000円、子供1人につき月6,000円を支給していた。また、結婚祝い金7万円も廃止。18歳以下の子どもがいる場合は、1人8,000円だけを支給する育英補助型に変えた。
独身寮は月1万円強の負担で引き続き使用できるが、寮に入らなければ住宅補助はゼロ。家族向けの社宅は、月3~4万円で使用できるものの「築30年といったボロ家で我慢できるならば」という条件付きだ。
家族主義を標榜してきた同社であるが、もはや、福利厚生は充実しているとは全く言えなくなった。替りに「カフェテリアプラン」と呼ばれるポイント制の選択型福祉制度を導入し、社員1人あたり年約8万円分のポイントが与えられたが、計算するまでもなく、焼け石に水である。
給与そのものについては、年齢給が廃止されたため、今後は年齢とともに自動的に上がることはなくなり、経営側が人件費をコントロールし易くなった。人件費総額は従来より確実に下がる見通しだ。
このように、福利厚生を下げるなど削るだけ削っている一方で、ソニーのように20代若手社員の支給総額を引き上げた訳でもないため、現時点ではどの年代の社員にもいいことが1つもなく、モチベーションが上がる理屈は見当たらない。
2003年5月には、75人の社員OBが、会社独自の企業年金である「福祉年金」の給付額を一方的に引き下げたことを不服として、減額された分の支払いを求める訴訟を起こしている。削減対象は、企業年金にまで及んでいるのである。
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同社の評価制度は、ごく一般的な目標管理制度(MBO=Management by objectives and self-control)である。まず、4月にその年度の目標を3項目くらい立てる。「○○を開発完了」「不具合に迅速に対処する」といったものだ。そして、10月に中間評価、翌3月に最終的な評価を受ける面接をする。
評価者は、プロジェクトリーダー(PL,1次評価者)とチームリーダー(TL,最終評価者,いわゆる課長クラスの人事権者)の2人である。「AAA」~「B」までの4段階の判定だが、だいたい真ん中の「AA」か「A」がつき、ボーナスにも反映される。評価結果は4月に一方的に通告を受けるが、その後に評価が覆ることはなく、社員に反論の機会は与えられない。
最近は「事業貢献」という言葉が社内で盛んに強調されるようになった。要するに、売上・利益にどれだけ貢献したか、である。従って、「実際には現場はみんな似通った仕事をしているのに、作っているものが違うだけで評価が変わる」といった不満も出ている。売れ筋のDVDレコーダー「DIGA」に関わっていれば評価も有利になりがちなのだ。
とはいえ、特に20代で同じ資格であれば、1回のボーナスでの差は評価が上の者と下の者とでマックス10万円程度と、気になるほどではない。「もう少し、若いうちから差をつけてもいい」との声もある。
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松下電器産業のキャリアパス
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最初の役付きである「主事」への昇格は、自己申請で、規定の資料を揃え、TLあるいはGM(部長クラス)と面接をする。最速では院卒入社5年目(28~29歳)で主事に昇格。これで、残業がつくフレックス勤務の職場で、マックスの残業がついて年収は約650万円である。
その上の管理職クラス(=参事,TL)への昇格は自己申請ではなく、基本的にはGMが選ぶ。最近では、自己申請とする事業場もあり、今後は自己推薦が主流となる可能性もある。管理職(TL以上)になる年齢は、現在のところ抜擢人事による最速のケースで35歳くらい。管理職以上は既に完全年俸制で、年収は実績により1,000万円弱~1,200万円程度という。40代前半でTLになっていない人も沢山いるため、ここでかなり差がつく。つまり、年齢の逆転(自分より年下の上司)は普通に起こっている。
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同社は1998年度に、新入社員を対象に「退職金前払い選択制度」を導入。終身雇用を前提とはしないというメッセージを発した。最近では、7~8割が申し込むほどで、20代後半で、1回のボーナスで15万円くらいがまとめて上乗せされる。多くの若手社員がこの制度に申し込むのは、勤続年数が長い社員が短い社員から搾取するという従来の仕組みではないためだ(たとえば富士通にも同じ制度があるが、20代後半で月額5千円程度しか上乗せされない)。
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年収推移
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一方で、2003年度には中途採用で300人を採用した。2003年度の新卒採用600人の5割に達した。来年(2005年度)には、この比率を1:1にすると報じられており(2004/03/20,朝日新聞)、事業環境に合わせて即戦力となる人的リソースを調達していく方向に、どの会社よりも急激にシフトしている。
雇用については、60歳の定年後、希望者を1年契約の嘱託社員として65歳まで再雇用するという制度だけはあるが、2002年3月期に巨額の赤字を計上して約13,000人のリストラ(早期退職実施)を行い人を減らしている状況のなか、実際には「定年後に再雇用された人など、ほとんど見たことがない」(社員)という。
リストラについては更に手を緩めず、電池や電子部品の不採算品目生産を2004年度中に海外へ移すことに伴い、2004年7月からの早期退職募集を柱に、グループで3,000人規模の人員削減を行う方針を明らかにしている。
これまでは「問題アリ」の社員がいても、その人のために無理やり仕事をつくるようなケースも見受けられ、家族主義的な面が強かったという。今後は、評価・報酬・雇用のすべての面において急激にシビアになっていくのは確実だ。
「あ~かるいこころ あ~ふれるいのち ゆたかにむすぶ まぁつしたでぇん~き~」
毎日13時になると、職場に社歌が流れ始める。嘘のような本当の話である。これを合図に、廊下やオフィス内の決められたスペースなど皆が集まれる小スペースへと、社員がぞろぞろ出て行き、チーム全員が集まる。「昼会」の始まりだ。
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評価報酬制度/雇用安定性/意思決定カルチャー |
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まず、皆で「綱領」「7精神」を1~2分、唱和する。綱領とは、昭和4年、松下幸之助が制定した経営理念だ。「産業人タルノ本分ニ徹シ 社会生活ノ改善ト向上ヲ図リ 世界文化ノ進展ニ 寄与センコトヲ期ス」。
「7精神」とは、松下の社員として遵奉すべき精神で、「産業報国の精神」「公明正大の精神」など。昭和12年に最終的に制定された。それぞれその精神の主旨を、皆で唱える。
その後、毎日1人ずつ持ち回りで、3~5分ほど「小話」をする。これは何でもいいが、仕事の教訓に結びつくようなものが望ましいとされる。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

米国の経済誌「フォーブス」までが「2004年注目のアジアの経営者」に中村邦夫社長を選ぶなど、中村社長は、幾多の経済誌の表紙を飾り、「V字回復」と祭り上げられた。
「AERA」(2002年10月21日号)に掲載された「松下電器 改革の幻」という記事で松下電器からクレームを受け、同誌の編集長が左遷されたのは記憶に新しい。朝日新聞社の箱島信一社長の鶴の一声といわれている。広告収入で成り立つマスコミでは、松下について少しでもネガティブなことを書く際にはクビを覚悟しなければならないから、結局、提灯記事しか書けない。
確かに2003年3月期に業績は急回復したが、売上高が3,300億円強しか回復していないのに経常損益が1,200億円も回復しているのは、もちろんリストラ効果。
これまでの中村改革は、一言で言うと削減である。
戦前から続く事業部制を解体し、「九州松下電器」や「松下通信工業」など5社を100%子会社化。「松下電工」も連結対象の子会社にした上で、連結で100以上あった事業部を14の事業ドメインに括り直した。
2002年度には、早期退職募集で約13,000人を削減。2004年度にも人員削減の方針が明らかにされ、もはや終身雇用ではなくなった。退職後を支える企業年金の給付額も強引に引き下げ、退職金の前払い制度は、どの会社よりも定着している。
2004年度には、年齢給の廃止と成果主義の導入、各種手当の大幅削減によって、人件費総額を削減。今後は、7.5%程度で推移してきた売上高研究開発費比率も、7%以下に削減する方針も明らかにしている。
このように、これまで創業家との関係などで触れられなかった「聖域」にも例外なくメスを入れ、これだけコストを減らせば、短期的に利益が上がるのは当り前のことであるが、一連の削減施策によって、創業者・松下幸之助からの長い家族主義的な伝統は、制度上は完全に破壊された。
これまでは、新卒一括採用から、年功序列・終身雇用で、家族手当を支給、住宅購入資金の積立て支援を行い、退職後も、あたかも家族のように、手厚い企業年金で死ぬまで面倒を見てきたが、ここ数年の間に、すべてにメスが入った。あたかも「ミニ・ソニー」を目指しているかのようだ。もはや眼に見える松下らしさは、「社歌・綱領」の唱和くらいかもしれない。
しかし、そもそも、ソニーの個人実力主義に対して、松下の「家族平和主義」ともいえるノンビリしたところに惹かれて入社した社員も多いはずなので、すんなりとは受け入れがたい土壌もあるようだ。長年培われた企業カルチャーを生かす方向というよりは、180度逆のタイプのものに変えようとしているからである。
その弊害は、早期昇格に挑戦する者が少なかったり、FA制度や社内募集制度がうまく機能していない実態に現れ始めている。
中村改革は、人もお金も削減するばかりなので、現場はその煽りを受けて忙しくなる一方だ。現場にはV字回復の恩恵は何もない。報酬を減らされ、雇用の安定もなくなった。現場を犠牲にした一時的な企業利益の捻出は、モチベーションの低下につながり、長続きするロジックは見当たらない。
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