就労可能を証明する診断書。田中さんは療養を経て、主治医から就労可能という判断をもらったが、会社はそれを認めようとしない。
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主にトヨタ車のステアリング技術を提供する㈱ジェイテクト社員の田中光太郎(32歳)さんは、たび重なる上司からのパワハラと慢性的な長時間労働で鬱病を発症し休職した。療養生活を経て回復し、診断書も出て復職しようとしたが、会社は拒否。田中さんが加盟する労組が要求した団体交渉も、労働委員会のあっせんも拒否だった。そのため田中さんは、社員としての地位確認と休職期間終了後の賃金の支払いを求め7月に会社を提訴。全国的に鬱病休職が増える中、今後田中さんのように復職を認められないケースが増える恐れもあり、10月には計8団体と個人が参加する「JTEKT田中さんの解雇撤回裁判を支援する会」が結成された。
【Digest】
◇いきなり現場へ
◇トヨタ帰りの上司「お前は何様のつもりやねん」
◇2年上の先輩社員が過労で死亡
◇労基署の調査入り残業代支払いも
◇罵声を浴びせる叱責からネチネチ型へ
◇密室で机をバンバンと叩き大声で
◇復職診断のために課せられた作業とは
◇いきなり現場へ
田中光太郎(32歳)さんは千葉工業大学を卒業し、2001年4月に当時の光洋精工に入社した。豊田工機と合併して2006年1月から、現在の㈱ジェイテクトになっている。トヨタの資本が入っており、主にトヨタ車のためのステアリング技術を提供する会社だ。
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㈱ジェイテクト 会社概要(同社ホームページより)
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本社 名古屋本社052-527-1900 大阪本社 06-6271-8451
事業内容 ステアリングシステム、軸受、駆動部品、工作機械、電子制御機器などの製造・販売
資本金 368億円
大株主 1位 トヨタ自動車(株) 2位 ㈱デンソー
売上高 連結: 10,170億円 単独: 5,884億円
従業員数 連結: 33,029名 単独: 10,091名
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パワハラ鬱病で休職し復職が認められないために裁判になっているわけだが、まずは当事者である田中さんに、これまでの経過を聞いた。
「もともと私は関東の人間で、千葉工業大学を卒業して01年4月に入社(当時は合併前の光洋精工)しました。会社は主に自動車のベアリングとステアリングを扱います。私はステアリング部門で働くと入社のときから決まっていました。
面接のときに、どちらかというと体を使う部署を希望していたのですが、最初に配属されたのは、開発よりも、もっと研究に近い仕事内容でした。パソコンに向き合って資料をつくるのが具体的な内容です。
具体的仕事としては、いまやトヨタ車のレクサスにも使用されている電動パワーステアリングというものです。今は主流になっていますが、当時はまだ新しいものでした。エンジンの動力を使って油をまわしアシストするものから、ギアとモーターを使って回すものにする仕事でした。
研修が終わって2001年7月から、奈良県橿原(かしはら)市のSTG(ステアリング)電装技術部に配属になり、いきなり高い階段を登らされる状態になってしまったのです。仕事内容が非常に難しかったこともあるのですけれど、本来ならラインに立って現場実習するところを、奈良の工場が全体的に赤字のために現場実習なしに現場で働くようになった事情もあります。
例えばコンピュータに関することでも研修はほんの少しで、あとは「好きなようにしてくれ」という感じでした。だからやるべき課題が放置されたまま現場に入れられたと言っていいと思います」
◇最終バスに一度も間に合わず
「会社の定時は8時から5時まで。実はフレックスタイムで、朝7時から10時の間に出社すればいい決まりです。ですが、結局8時から全員集合という感じでした。遅くとも9時にはみんな出社していました。
入社と同時に大阪府柏原市の寮に入りました。思い返してみると、有給休暇を取った人しか温かいご飯を食べられませんでしたね。残業の連続で寮に帰ると、いつも冷蔵庫に入っている残りの物を温めなおして食べるんです。
寮には100人以上は入っていました。八畳一部屋を4人で使っていたものを1人で使うので広さには余裕はあります。私は東館という新しい建物にいたので4畳半くらいの小さな部屋でしたが、床張りにベッド、本棚と机が装備されているのです。ただし自炊ができない。寮の台所を使うことはできず、土日にご飯を食べたいときは、外食するか何かを買ってきてレンジでチンするくらいですかね。
会社では最初から無償労働(サービス残業)が続きました。朝は50ccのバイクで近鉄の河内国分駅に向かい、26分間電車に乗って大和八木駅で下車。そこからは会社のバスに乗車して工場に着く。会社の飲み会の日以外は一度も定時で帰れたことがありません。帰りは会社から大和八木駅までバスが出ますが、バスの最終出発は夜9時。最初に配属されたときは、一度もそのバスに乗れなくて、徒歩で行ける近鉄笠縫駅まで小走りに10分ほどの道のりを急ぎ、11時20分頃の終電で帰ることが何度もありました。
この部署には翌02年の1月までいましたが、残業代はほとんどなし。最高で月10時間が認められたにすぎません。月70時間以上の残業をしたこともありますから、その月は60時間超のただ働きです。何時から何時までと残業を申告するのですが、課長のメールで今月は何時間と決められ、私より早く帰っていた人の残業時間が多く付けられていたこともありました。休日出勤もありました。こんな状況ですから、労働基準監督署の調査も入ってきました」
◇トヨタ帰りの上司「お前は何様のつもりやねん」
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労基署による是正勧告に従って未払いの残業代が支払われた。しかし、それでも実際の残業時間より少なく抑えられているという。上は会社の説明文書、下は田中さんの給与明細書。
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「同じSTG(ステアリング)電装部で01年9月に配置換えがあり、トヨタの出向から帰ってきた上司(90年入社)が来ました。鍛えられて帰ってきた“トヨタ帰り”はスキルが全然違うんですよね
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仕事に復帰できるかを調べるため、会社は一日のできごとを逐一記録するように田中さんに命じた。本当に朝起きて正確に日記を書いていることを証明するために、田中さんは時刻が表示されたテレビ画面を撮影したメールも会社に送っていた。
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上:管理職ユニオン・東海が㈱ジェイテクトに出した抗議文。
下:ジェイテクトは、交渉自体を全面的に拒否する回答文を提出した。
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