京王バス自殺事件 アルコール反応の運転手を家宅捜索、グラス押収、反省文漬け…パワハラ「下車勤務」の闇
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今年5月に原告側が配っていたビラ。京王バスのアルコールチェック、下車勤務などについて書いてある |
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- アルコールチェックにひっかかる
- 住居侵入、警察沙汰、パワハラ、退職強要の温床…「下車勤務」
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- 「コメントしかねます」京王バス
アルコールチェックにひっかかる
今年5月下旬頃の朝9時前、筆者は所用があって東京高裁に行こうとしたところ、入口前でビラを配っている中年男性がいた。そのビラを受け取り見てみると、ピンクと緑の太字でこう書いてあった。
「京王電鉄バス 自殺労災認定事件 これはいじめだ!こんな職場を許すな!!」
ビラは表裏にびっしり細かい字が書き込まれていて、「自殺は異常な労働者支配が原因」「下車勤務の次は過酷な事情聴取」「04年には運転手の過労死が発生」といった小見出しもあった。
一体どういう事件なのか? その時は別件のため後日、詳しい話を当事者に聞くべく、ビラの連絡先「京王電鉄バス運転手自殺労災認定を勝ち取る会」という団体に取材を申し込んでみた。
なにしろビラを配って訴えているくらいなので、取材に応じるものと期待していた。だが、意外にも、数週間経っても返事がないので、「先日依頼した取材の件はどうでしょうか?」と電話で聞いてみたところ、「取材に応じるか検討中です」というのみで、結局、数か月経っても一向に返事はなかった。そこで、裁判資料に基づき、事件を調べてみた。事件の全容は以下の通りだった。
まず、原告側の主張によると、自殺した藤井桂司氏(自殺当時50代前半、仮名)は、95年2月に京王電鉄のバス運転士として入社し、02年8月から在職のまま京王電鉄バス(以下「京王バス」)に出向して、桜ヶ丘営業所(東京都日野市内)のバス運転士として業務に従事していた。
長年、バスを運転してきたが、08年6月28日(土)、藤井氏の人生が一変する事件が起きた。
藤井氏はこの日、19時から出勤した。その際の「アルコールチェック」で0.050mg/リットル~0.070mg/リットル未満の数値が検出されたのだ。
そもそも藤井氏は自宅で飲酒するときは、飲む量を決めており、飲酒から15時間以上経ってから出勤するようにしていた。しかも家を出る時には、会社から支給されたアルコールチェッカーで、アルコール反応がないことを確認して出かけていた。その日もそうしていた。だから、会社の検査にひっかかったことに驚いた。
なお、「アルコールチェック」とは、バスやタクシー、トラックなどの運送事業者に対して11年5月から国が義務付けている制度。
この制度により、各事業者の運転手は、出勤時と終業時に、チェックを受けることになっている。検知器のメーカー名などは問わないが、検知での数値が、呼気1リットル中のアルコール濃度0.000ミリグラムよりわずかでも上回っていれば、違反となる。(実際は、0.050mg/リットル以上で反応する機器も多い)
ちなみに、警察の酒気帯びの罰則対象は0.15mg以上なので、バス運転手などの事業者ははるかに厳格な基準だ。
ただ、国の規則では、アルコール検査の違反事業者への罰則は、1回目が100日車、再違反が300日車(運輸規則第21条第4項より)。
100日車とは、1日1車換算で100日分、車を停止させる、という意味だ。例えば、50台のバスを2日間止めたり、4台のバスを25日停めることを指す。運転手への罰則は、各社の対応に任せる形で、国は義務付けていない。(以上は、所管する国交省自動車交通局の安全政策課への取材に基づく)
このお触れに基づき、京王バスでは、出勤時、中休みの点呼時、終業点呼時にアルコールチェックをしている。検査機器は、出勤時が東海電子製のアルコールチェッカー「ALC-PROⅡ」、ほか2回はアミューズ製の「AMZ AC-002」だった。この東海電子製の機器が問題を引き起こすことになる。
京王バスの違反時の罰則は、「初回の違反」の場合、以下の通りだ。
0.050mg/リットル以上~0.070mg/リットル未満 厳重注意。
0.070mg/リットル以上~0.150mg/リットル未満 停職3日。
0.150mg/リットル以上~0.250mg/リットル未満 停職5日。
0.250mg/リットル以上 過去の処分や個別の事由等を勘案し判断。
「2回目の違反」の場合は、以下の通り。
初回検出量が0.050mg/リットル以上~0.070mg/リットル未満の場合は、処罰基準を一等引き上げる。(厳重注意→停職3日など)。
その他(初回検出量0.070mg/リットル以上)は、初回から3年以内(3年後の同月日含む)に発生したら解雇。
「3回目の違反」は、以下の通り。
京王バスでは、このような規則にて、運用されていた。
住居侵入、警察沙汰、パワハラ、退職強要の温床…「下車勤務」
藤井氏は、以前にも一度、アルコールチェックでひっかかっていた。この時の違反については、会社側は不問に付した、といっているが、藤井氏は、違反と認識していた。そのため、今回で2回目の違反となってしまい、もう次はない――そう危機感を募らせていた。
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東海電子製のアルコールチェッカー「ALC-PROⅡ」。藤井氏の自殺から数日後、京王バスはこの機器を使用しなくなった![]() |
京王バスでは、アルコールチェックにひっかかると、うがいを十分に行い、再度チェックをする。
それでもひっかかる場合は、労働開始時刻の直前に、最終判断のため、チェックを行う。それでも0.050mg/リットル以上の場合は、乗務禁止となる。
アルコールチェックにひっかかると、翌日から「下車勤務」が始まる。「下車勤務」とは、運転手を乗務勤務から外して日勤に振り替えることを指す。
その期間は、数か月にわたることが一般的だが、運転手には、いつまでの予定かは、一切伝えない。
下車勤務の間、運転手は、会社が求める反省文や原因究明、再発防止、行動計画書、顛末書、始末書といった書類を提出しなければならない。これらの文書は、一回で受理されることはなく、繰り返し、書き直しを命じられる。
また、下車勤務中の運転手は、所長の眼の前で着席を命じられ、ほぼ一日中、そこに着席していなければならない。ほかの運転手にも見える位置であることも多く、さらし者にされている心地がするという。
ほかに、運転とは無関係の、掃除、交通法規、就業規則の読み取りなどもさせられる。
それだけにとどまらない。運転手の自宅まで所長など上司が訪問し、自宅に上がり込んで冷蔵庫を開けて調べ、飲酒時に使用していたコップを調査して押収したり、部屋の写真を撮って、翌日、営業所に違反事例として社内に貼り出し
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バス(京王バスHPより)
所長、副所長に対する遺書の概要(※筆者が裁判資料をメモして作成したもの=コピーや撮影はできないため)
御用労組幹部と遺族への遺書の概要
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労災とか違法とかさておき、この生産性ゼロの懲罰に何の意味があるんだろう? 上司だって苦痛じゃないのか?
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読者コメント
一利用者視点でみると、バス会社も安全のために、ここまで取り組んでいるんだと安心できるのだが、この運転士引っ掛かったの2回目だというし…
ありえない、労働組合だって警察だって動くよ
「所長が自宅に押しかけコップやグラスを押収、部屋や冷蔵庫内の写真を撮られ社内に貼り出される―」
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