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東電・労災隠し実名告発事件(下)4か月連続100時間以上残業で鬱病に、社員が労災手続き求めるも会社は2年間放置し拒否

情報提供
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メールで送りつけられてきた「休職期間満了退職」の通知。労働災害、すなわち業務上の理由で病気になったわけではない場合、社員は一定の休職期間が過ぎると退職になってしまう。解雇が難しい日本では、社員を合法的に辞めさせる手段として利用されることも多い。
 福島第一原発事故で被災者の賠償業務を担当した社員の一井唯史氏(35歳、実名)は、ミスの許されない高度な賠償業務を担い、「家族にも勤務地を秘密にしろ」「賠償業務だと言うな」「名刺を持つな」「原発推進政党が政権に返り咲くまでSNSでの発信を控えろ」などと理不尽な指示を受けつつも業務を遂行した。4か月連続で実質時間外労働が100時間以上となるなか、鬱病を発症。2013年9月に療養に入ってから、これは労災だと考え会社に手続きを依頼したが、2年間もなしのつぶてだった。ようやく面談で交渉できたものの「労災は労基署が判断するもの」と会社は手続きを拒否。一井氏は個人で資料を作成し、中央労基署に申し立てた。今年2月までに労基署で2度の聴取を受け、順調にいけば夏ごろまでには結論が出されるという。本人に詳しい事情を聴いた。(一井氏が東電に送った「労働災害の適正な扱いのお願い」文書はPDFダウンロード可)
Digest
  • 4か月連続 時間外労働が実質100時間以上
  • 吐き気がして何度もトイレへ駆け込む
  • 体調不良、そして離婚へ
  • 労組にも主治医にも頼れない
  • 「労災は労基署が判断するもの」と会社は取り合わず
  • 東電のおかしな文化
  • 東電は労基署に虚偽答弁?

4か月連続 時間外労働が実質100時間以上

原発事故から半年が過ぎた2011年9月に法人賠償担当となった一井氏は、1年半の勤務を経て、2013年2月末、産業補償総括グループ基準運用チームに配属される。総勢600人から成る法人賠償業務担当者の中で、トップの6人のうちの一人である。一井氏は2003年4月に東京電力本体に新卒で入社しているため、入社10年目を終えようとしていた時期だ。

福島第一原発の被災者(法人担当)に賠償する部門の総括を務め、複雑かつ高度でミスの許されない業務内容だった。当時の一井氏の職能等級はMS(ミドルスタッフ)という、5段階で下から2番目だった。

賠償業務に関わる東電社員の職能等級。一井氏は、職責を大きく上回る対応を行っていた(一井氏が対外説明用に作成した資料)

ところが、上から2番目のTL(チームリーダー)、3番目のSS(シニアスタッフ)らが解決できなかったり、解釈に戸惑う賠償の相談を受けてアドバイスする立場に置かれていた。

場合によっては、1番上のGM(グループマネージャー)から相談を受けることもあったという。

上智大学を卒業して事務系総合職として入社した一井氏は、事故前まではメンテナンス営業の業務、営業部の予算管理や現場の総括などを経てきた。賠償業務に関しては全く経験がなく、社内での訓練・勉強もないのに重責を負わされ、そこから逃げるわけにもいかない状況に置かれた。当時、転職するという発想はなかった。

訓練が不十分な使い勝手の良い新兵が指揮の最前線に立たされ、重傷を負うまで防衛を命じられる――そんなイメージである。

法人賠償の総括部門は賠償業務の中でも特に忙しく、内容の複雑さと仕事量の多さから、睡眠時間が3~4時間のこともつづき、疲労困憊していく。一井氏は振り返る。

 ある日、疲労困憊して意識がほとんどないまま難しい相談に応じていました。意識が朦朧としている中で、かすかに聞こえてくる賠償担当の相談者の声を頼りに、それならこうすればいいのでは?とアドバイスをしたら『なるほど!よくわかりました』とお礼を言われ、違う世界に入ってしまったのだ、と思いました。

異常な勤務状況は長時間労働からもわかる。特に、2013年4月から7月までは、本人が記録した実質時間外労働は、4か月連続で100時間以上。これは、休日に不可避となる賠償業務について勉強する時間が多かったためで、会社はこれを労働時間として認めていない。

●2013年4月

169時間(会社記録分89時間、休憩なしサービス残業20時間、休日賠償業務勉強60時間)

●2013年5月
 

153時間(会社記録分80時間、休憩なしサービス残業19時間、休日賠償業務勉強54時間)

●2013年6月
 

149時間(会社記録分68時間、休憩なしサービス残業21時間、休日賠償業務勉強60時間)

●2013年7月
 100時間(会社記録分67時間、休憩なしサービス残業21時間、休日賠償業務勉強12時間)

それ以前からの勤務状況も含め、長期間にわたって過労死ラインを上回っていたと言えるだろう。過労死もしくは過労自殺してもおかしくない状況だが、これでも最低限に見積もっての労働時間だ。しかし、会社が認めた時間外労働は、実質の50パーセント程度にとどまった。

一井氏は労災認定の審査中ということを考慮して給与の明細を明らかにしていないが、時間外労働の対価が基本給に迫る勢いで、当時の年収は、本人証言によると「500万円ちょっと」だった。これは、2012年度、公的資金投入で社員へのボーナス支給が見送られた影響である。入社10年目で年収500万円は低くはないし、事故を起こした会社の社員として報酬に不満があるわけではなかった。問題は、長労働時間と重い労働負荷による、心身と生活の破壊のほうだ。

 当時は総括部門の誰もが心身ともにボロボロでした。チームリーダーも言っているように、誰が倒れてもおかしくない状況で、毎日、睡眠不足と神経を遣う仕事が続く中で気力を振り絞っていたので、本当に倒れそうでした。お金なんかよりも、人間らしい健康的な生活をしたいと思っていました。

当時の率直な気持ちであろう。その後も抗ストレスホルモンの影響で記憶障害になり、未だに物忘れや忘れ物がひどい状態だ。また、ストレスに非常に弱くなり、原発事故前には社長賞を受賞するくらいバリバリに働いていた人物が、元の生活に戻れなくなっている。

しかも、鬱病発症を機に、結婚後わずか1年半で、離婚に追い込まれてしまった。平均的労働者よりも多い年収500万円を超えたとはいうものの、心身を壊され家庭生活を破壊された代償はきわめて大きい。

【解説】

 原発事故から丸2年を過ぎたこの時期、東電は、若手社員が続々と流出していた。東京ガスに転職した者も目立った。若手ほど転職しやすいからだ。
 社員の平均年収は、原発事故が起きた年が653万円(2011年度、平均41.1歳)→619万円(2012年度、平均41.9歳)→684万円(2013年度、平均42.5歳)と推移。従業員数は同37,459人→36,077人→34,689人と2年で2,770人減った。2012年度の年収が急減したのは、ボーナス支給が一時的に見送られたためだ。
 年功序列賃金のなか、給料が相対的に安い若手が多数やめたことから、平均年齢は上がり、社員全体の平均年収も上がっている。一井氏は32歳とまだ若かったが、転職という道は選択しなかった。
→参考:東京電力現役社員が語る 「今は全然ホワイトじゃない」実情

※なお、2015年度は、まるで事故などなかったかのように、733万円に戻っている(2016年3月時点、平均43.3歳、32,440人)。10年前の2005年度が769万円だったので、ほとんど戻っている。一方で、被災地に住んでいた住民の生活も汚染された日本の国土も、ほとんど元には戻っていない。

この時期(2013年4~6月)、東電が被災者・被災法人への賠償業務担当者を派遣社員に切り替える方針を決定したことが、致命的になった。

一井氏が所属していた6人の賠償基準の総括チームのうち、4人が派遣業務への移行作業に集中せざるをえず、一井氏と心神喪失状態の先輩社員の2人で、賠償基準の相談業務をしなければならない状況に追い込まれていた。

心身喪失の激しい社員も戦力にはならなかったため、一井氏は実質的に1人で6人分のミスが許されない神経を遣う賠償基準の相談業務に対応し続けなければならなかった。

吐き気がして何度もトイレへ駆け込む

倒れそうな状況をなんとか乗り切り、2013年7月の人事異動で、賠償業務に約1年9か月間従事していた一井氏は、立川支社法人営業グル―プに移った。極度の緊張と長時間労働から抜け出せて睡眠がとれる環境に変わったと思ったが、取り返しのつかないくらい心身はボロボロになってしまっていた。一井氏は当時の様子を語る。

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過重労働、長時間労働で鬱病を発症した。療養に入った初期は、かえって悪化したという。

通勤するだけでやたらと疲れ、嘔吐感をともなう気持ちの悪さがあったのですが、最初は新しい部署に慣れていないだけだと思いました。しかし、異動して4日目(13年7月4日)の午後、急に立っていられなくなってしまったのです

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厚労省が示している精神障害と労災認定基準。ここには、一井氏のケースに近い事例が示されている。

一井氏は復職前提で療養していた。その期間に労災ではないかと思い、手続きの協力をもとめたが、東電は一切拒否。復職復帰支援勤務もできなかった。

一井氏は中央労基署に労災申請の申し立てをした。マスメディアにこの件で質問された廣瀬社長は「誠実に対処する」と答えたが、翌日には、一井氏のもとにメールで休職期間満了退職の通知が届けられた。2016年4月1日から持株会社体制へ移行したため、東京電力パワーグリッドに出向という扱いになっている(冒頭文書再掲)。

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編集部2017/03/04 18:38会員
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