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キヤノン型終身雇用の闇 下がる年収水準、増える“働かないおじさん”「若手のポテンシャルを殺すのもブラック企業だと思います」

情報提供
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「若手の給与は安いです」と証拠を示すインタビュイー(現30歳前後)。転職先の日本企業では年収が約100万円アップ。複写機メーカーだけに、給与明細は紙にこだわり「お祝い金」も紙幣。
 複写機市場で競合するリコーは1万人削減のリストラを断行、世界シェアトップのデジカメ市場はスマホによる代替で縮小が進みオリンパスが撤退――と、既存事業の構造不況が鮮明なキヤノン。監視カメラや医療機器の事業買収で構造改革を進めるが、そこでネックとなるのが終身雇用だ。事業縮小やBtoBシフトに合わせて社員を削減するのは難しく、中高年になるほど余るが、雇用と賃金は守る方針。結果、リーマンショックをへて、平均年収は10年余りのうちに約100万円下がった。相対的に給与が低く抑えられる若手は、その光景に、うんざりだという。直近の状況を知る元社員(数年前まで在籍、現在30歳前後)に現場の実態を聞いた。
Digest
  • 御手洗社長だけがリモートのキヤノン型リモート会議
  • 高い給与と終身雇用、「いいとこどり」の課題
  • 「ジョブ型」とは反対、ヒト型の人事処遇
  • “イケてないおじさん”だらけになる
  • “100万円減”データの2つの原因
  • アフター5にバイトする若手社員も
  • 失敗を隠す悪しき文化
  • 縦割りすぎてシナジーを生む素地がない
  • 「若手のポテンシャルを殺す」もブラック企業
  • マーチまでリクルーター制
  • 事業本部配属は販促、生産調整、商品企画をやる
  • CPTは新卒から3年間、地方工場をローテ「逃げ道ふさがれる」
  • 海外赴任は高確率で行ける
  • キヤノン名物「軍隊みたい」な朝の出勤風景
  • サマータイムで15:15に終わる事業所も
  • 6割は関東、裾野市や宇都宮市の初期配属も
  • 一時代前の勤務環境
  • 飲み会は週一くらい、「穏やかな秀才タイプ」が多い

御手洗社長だけがリモートのキヤノン型リモート会議

2020年5月、経団連会長も務めた御手洗冨士夫氏(今年85歳)が、前任者の病気を理由に、3度目の社長(会長も兼務)に復帰した。社長・会長として実質トップに君臨し続けて25年目になり、キヤノンは完全に御手洗色に染まっている。創業者の名を冠した『御手洗毅記念館』では、部長以上を集めて、御手洗社長のスピーチを聞く会が定期的に開かれる。

本社敷地内に2008年竣工した御手洗毅記念館講堂(2千席)と、御手洗冨士夫社長(同社公式サイトより)

「この会議、コロナ禍で3密を避けるため、リモートで行うことになったのですが、実際にはリモートになったのは御手洗さんだけだった、というのです。つまり、出席者は全員が会場に集められ、別室から御手洗さんがスクリーン越しにスピーチ。出席した人によると、昨今は話の内容も精彩を欠き、時間厳守していた以前と違って10分以上ダラダラと延長されることも増え、『ボケ始めたか』と噂されています」(元社員)

確かに、新型コロナの80代以上感染者の死亡率は高い。だがこれでは、社員の感染はともかく、御手洗社長1人が守られればよい、というメッセージにもなる。社内では、もはや現人神のような存在で、諦めムードだ。

「たとえば新製品の御手洗社長へのデモンストレーションでは、そそうのないよう下準備にすごく時間をかけます。若手がここからここまで誘導して、その間に部長がエレベーターを止めて待ち、役員が見送って…などと細かく決めて、気を遣っている」(元社員)。それが新製品の成功と関係ないのは言うまでもない。

高い給与と終身雇用、「いいとこどり」の課題

キヤノンUSA社長を務め、米国駐在が23年に及んだ御手洗氏は、1995年の社長就任後に成果主義を推進。家族手当や住宅手当を2002年に廃止、独身寮も2005年入社の新人から完全に廃止し、その後、社宅もなくなった。福利厚生がほとんどない分だけ、給与のベースは高い――はずだった。

データ上、平均年収862万円(2008年)は、エレキ業界ではソニーに次ぐ高さで、日本のモノ作り企業としてはナンバーワンだった(※ソニーは金融・音楽映画・ゲームで利益の大半を稼ぐ「エンタメ金融業」で、純粋なメーカーではない)。

その一方で、米国にはない終身雇用を堅持。リーマンショック後もリストラせず雇用を守り続けた実績があり、一度も希望退職を募集するなどの大規模リストラは行っていない。日本型の成果主義として、高い給与水準なのに終身雇用という、「いいとこどり」に成功した理想的な大企業、にもみえた。

ところが、以下課題は解決されぬまま今に至っている。

① 成果の低い中高年社員の給与を降格などで引き下げ、居場所を確保できるか

② 縮小、撤退した事業に所属していた社員をうまく処遇できるか

元社員によると、どちらも不十分だというのだ。


「ジョブ型」とは反対、ヒト型の人事処遇

「あと3か月で定年になります〇〇です、よろしくお願いします」――。キヤノンには、定年待ちの50代社員が、そんな挨拶をして異動してくる管理部門系の部署が、多数あるという。実質的に終身雇用なので、会社は60歳まで正社員として職を与えなければならない。そしていったん退職し、希望者は65歳まで再雇用される。再雇用の非正規社員は、それまで所属していた部署とは異なる事業部で働く。先輩がそのまま同じ部署にいると、後輩がやりにくいからだ。

キヤノンには、いわゆる一般職採用がない。「同期には5人程度の短大卒の女性社員がいて、これは本部長以上の秘書として職種別採用され、配属先も決まっています。それ以外は全員が総合職なので、一般職が担当する事務作業、たとえば封筒に書類を入れていくような単純作業も、総合職がぜんぶやっています。以前は派遣社員がいたそうですが、今では総合職がやるようになりました。これを見て、辟易としている若手社員は多いです」(元社員)

定年間近の人や、60代の再雇用された人の雇用維持のために、低スキル業務にも総合職をアサインする、いわばワークシェアだ。もはやキヤノンは、「雇用の創出と維持」という国家の役割を果たしつつある。だが若手社員は、企業としての未来には疑問を感じてしまう。まだ若い自分の未来の姿を、そこに重ねるのも夢がなく、ツラい。

今の定年待ち社員は、バブル期に入社して給料が高かった時代に昇給しているため、大半は年収800万円を超えており(全社員の平均で760万円、44.2歳=2019年)、同じ部署の若手の2倍近い。再雇用社員のほうは給料が安いが、これらヒラ社員たち全員の仕事内容に大差はない。

さらに、いったん役職者になると、仕事ができなくても、降格が、ほぼない。「たとえば、全く関係のない別の部署から年配の課長がやってくると、元からいる30代主任のほうが当然、仕事内容を熟知していてミスもなく、明らかに仕事がデキる。その状況はツラいし、役割を入れ替えたほうが仕事はうまく回るから、と課長本人が自ら降格を申し出ても、認められないのです。降格がないのが一番ダメだと思います」(元社員)

つまり、仕事と関係のない子どもの数や持ち家の有無によって報酬に差がつかないという点では成果主義だが、ジョブ型ではなくメンバーシップ型(給料が、仕事ではなくヒトに紐づく)は変えていないため、どの仕事を担当していてもその人の給料が変わらない点では、キヤノンの人事処遇は成果主義ではない。

“イケてないおじさん”だらけになる

安定を求める人にとっては、実に安心できる仕組みともいえるが、定年待ちの低スキル業務を担当する社員に高い給料を払うしわ寄せは、誰かが負担している。若手社員が辟易とするのは、そこだ。

キヤノンの場合、それはリーマンショック前までの製造現場における「偽装請負」であり、徐々に進む若手社員の賃金低下だった。「役割給」の導入(2005年)などで、20代社員から昇格の難易度を上げて、給料が上がりにくくした。その一方で、中高年の降格はほとんどしなかった。

「先輩社員に聞くと、若手に限らず、リーマンショック後に全体の年収水準が下がって(主にボーナス分)、現場の反発はあったそうです。年配の人たちからは、『前はよかったよ』『キミたちの時代は、すごく大変だと思うよ』などと、よく言われました」(元社員)

キヤノンの業績は、売上高・営業利益とも2007年のピークまで8年連続の増収増益と右肩上がりだったが、リーマンショック(2008年)を境に、その後12年間は伸び悩んでいる。成長している間は、余計な給料を支払う余力もある。だが、永遠に成長が続く会社は存在しない。この12年で、その歪みが現場に顕著に表れるようになった。

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学卒4~5年目から昇格する「G2」の給与明細。基本給+時間外手当のシンプルな構成。

「成果がなくても降格がない状況を、目の当たりにしました。このままだと、“イケてないおじさん”だらけの会社になると思うんです。そういう組織は、若手にとって魅力がない。中高年の雇用維持のためにお金が使われるぶん、若手社員の給料は低いと感じています。入社から2つランクが上がった『G2』でも、この額です

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リーマンショックで100万円下がったまま定着しているキヤノン社員の年収水準

キヤノンのキャリアパスと報酬水準

キヤノンの事業構成と世界第数シェア(2019年度キヤノン推定、公式サイトより)

東芝からのメディカル事業買収をへて、6つの事業本部体制となったキヤノンの組織

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 2020/07/14 22:14
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