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200時間超×6か月の残業を「月30時間」に過少申告させ警部補を自殺に追い込んだ長崎県警、署長責任を隠ぺい

遺族「課長と署長に責任をとらせることで再発防止したい」

情報提供
1まいめさしかえ
長崎県警佐世保署(佐世保市)を臨むAさん(故人)の妻。国賠訴訟の審理が福岡高裁で続いている(2025年5月撮影)。

警視庁採用試験の受験者数が過去15年で3分の1に激減するなど、全国で警察官志望者が消滅に向かう勢いで不人気だ。パワハラを放置する旧態依然とした警察の職場環境がその一因となっていることは想像に難くない。

「改善されることを願います」――長崎県警の男性警部補Aさん(享年41)が、パワハラが横行する警察署の劣悪な労働環境を告発する悲痛な遺書を残して自死したのは、2020年10月3日のことだった。遺族が起こした国賠訴訟の一審判決は約1億3500万円の賠償を県に命令、形の上では全面勝訴となったが、死亡前の半年間、月間200時間超の残業を続けさせた上司らの行為の具体的な態様や個々の加害責任は曖昧にされた。妻は訴える。「お金のために裁判をしたのではない。課長や署長らの重過失を判決で認めさせ、県に求償(当事者に賠償金相当額を弁償させること)させたい。彼らの受けた処分はあまりにも軽い(戒告、本部長注意)。求償しないと、夫の身に起きたようなことが、また繰り返されてしまう」

Digest
  • 交通捜査のベテラン
  • 優秀な成績で警部補昇任したが…
  • 2020年10月3日
  • 月200時間を超す時間外労働
  • 上司の人格否定の毎日で自信喪失
  • 希死念慮
  • 過少申告は署長の指示?
  • 公務災害で過労自殺認定も軽すぎる処分
  • 国賠訴訟を起こした理由
  • 事実認定なき判決、責任者への求償求めて控訴
※事件後、労働時間短縮ノルマの撤廃など労働時間管理の体制を見直した県警資料、警察庁の当直に関する全国調査結果資料は、末尾にてPDFダウンロード可

1か月前 227時間32分
 2か月前 206時間49分
 3か月前 213時間52分
 4か月前 231時間04分
 5か月前 227時間26分
 6か月前 206時間46分

これは、精神障害発症(9月14日)前の、Aさんの時間外労働時間である。亡くなったのは、その約2週間後だった。それから5年近くを経て、長崎県(県警)に対して妻ら遺族が起こした国家賠償請求訴訟(原告代理人・中川拓弁護士)の判決が、今年2025年6月10日、長崎地裁であり、松永晋介裁判長は、長時間労働や上司のパワハラが自殺の原因だとして、慰謝料、逸失利益、未払賃金など計約1億3500万円の賠償を県に命じた。

ただ、記者会見に臨んだ遺族や代理人弁護士に笑みはなかった。判決は、安全配慮義務違反や月間200時間以上の時間外労働(上記)という過労死ラインをはるかに超す長時間労働こそ認めたものの、パワハラや残業時間の過少申告など原告が訴えた諸々の問題点に関しては事実認定を回避。課長や署長の証人尋問はせず、彼らの個人責任についても言及がなかった。賠償金と引き換えに責任の所在をうやむやにしたい県警側の意向に沿った判決といえ、遺族はこれを不服として控訴した。

署長の承認印がある「時間外勤務、休日勤務及び夜間勤務命令簿」に記載されたAさんの残業時間は毎月約30時間。残業代は、月あたり約9万円だった。しかし、後に遺族が申したてた公務災害の審理で判明したのは、月200時間以上の残業、拘束時間は同400〜480時間という殺人的な長時間労働だった。

いったい、現場では何が起きていたのか。以下、詳細にレポートする。

交通捜査のベテラン

長崎県警本部
長崎県警本部

Aさんは長崎県の出身で、地元の高校を経て県外の大学の法学部に進み、卒業後の2001年に長崎県警に入った。以後約20年、一貫して交通畑を歩いてきた。白バイ隊員にあこがれたこともあるが、事務能力の高さを認められて交通事故捜査部門に抜擢された。

性格は几帳面で真面目、温厚。上司の目を盗んで要領よく仕事の手抜きをするタイプではない。自分に厳しく、部下にはやさしい。献身的で、決しておごることなく日々努力する。

モデルケース長崎県警
給与とキャリアアップの大卒モデルケース(長崎県警公式)。Aさん(享年41歳)の階級は「警部補」だったが、残業代は、実際に働いた月200時間以上の時間外勤務分を、ぜんぜん支給されていない。署長や課長に宛てて、残業をしても申告することを許さないのは「パワハラ」だ、と非難する遺書を残して自殺した。

結果的にさいごの職場となってしまう佐世保署交通課に交通捜査係長として赴任したのは2020年3月下旬。それ以前は別の警察署の交通捜査係員だった。当時の階級は巡査部長。出世欲はなく昇任する気はなかったのだが、信頼する上司の勧めで昇任試験を受け、優秀な成績で合格して警部補になった。そして佐世保署係長への異動が発令された。

所轄署の係長は警部補が就くきまりになっている。Aさんにとって佐世保署の係長職は警部補に任官して最初の「部下の指揮監督」にあたる仕事だった。ただし管理職手当が出るのは課長以上で、係長にそれはない。

巡査→巡査部長→警部補(係長)→警部(課長)、と昇進していくが、係長以下は、残業時間に応じて残業手当が支給されるのが、長崎県警での運用だった。

一般的に、所轄署の係長は上と下の板挟みになりがちで、忙しく重圧のかかる地位といわれる。佐世保署への異動を命じられた際、Aさん本人も妻(元警察官)も、これまでよりも仕事量が増え、責任が重くなることを覚悟した。佐世保署管内は事件事故が多い。加えて、米軍基地があり、軍属関係の事件事故が頻発するという特殊事情もある。暇で楽な職場ではない。

異動命令に伴い、住まいの問題が生じた。

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休日に妻がアパートに来ても会えないほど仕事に追われ、疲れている様を訴えるAさんのラインメッセージ。辞めたいとも漏らしている。

Aさんの遺書。長時間のサービス残業を事実上強いた課長と署長について、パワハラだと難じている。「改善されることを願います」と最後に書き残している。

手帳に残されたAさんのメモ。不眠不休で働くよう課長から求められた様子や、残業代の過少申告を署長が指示したと解しうる記述がある。

月末までに未処理事件の「吐き出し」を命じられ、困惑する様子を妻に伝えたAさんのラインメッセージ。赴任後半年近くがたった9月に入り、未処理事件のことで上司の石本課長からたびたび強い叱責を受け、精神的に追い詰められていく。

事件・事故現場に出動する佐世保署員ら

長崎県警佐世保署(佐世保市)

残業手当支給の根拠となる「時間外勤務・休日勤務及び夜間勤務命令簿」。左側に署長に承認印がある。8月の残業時間は32時間となっており、200時間を超えていた実態と大きな乖離がみられる。

長崎地裁

勝訴判決を報告する原告・故Aさんの妻と代理人の中川拓弁護士(手前の2人。2025年6月10日、長崎地裁)。

判決後、記者会見に臨むAさんの妻と代理人の中川拓弁護士(2025年6月10日、長崎市内)

残業時間減らしについて「ノルマ」があり、所轄署から本部長に対する報告義務があったことを伺わせる内部文書。組織ぐるみの残業時間過少申告の要因となった可能性がある。

残業時間の過少申告の指示を署長が行っていたことを示唆する署員らの証言(公務災害の調査記録より)

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