10年で半分辞める空自の一般幹部候補 防大卒「あっち」の世界が形成する特殊カルチャーの闇――パワハラ自殺、墜落事故が続発
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社風マップにおける自衛隊の位置づけ。人間関係のウェットさ、上下関係の厳しさは、日本のあらゆる組織のなかで、随一のポジションにいる。 |
相次ぐパワハラ自殺に墜落事故死と、「人命軽視の組織文化」が示唆されている自衛隊。そのカルチャーが防衛大によって形成されていることを否定するのは難しい。「我々は、『あっち』と呼んでいます。あっちでは、後輩らしい姿勢を見せることが特に重要です。先輩から飲みに呼ばれたら必ず、『えっ?いいんですか!』と大げさに応じ、グラスが空いたらすぐに注ぐなど、『かわいい後輩っぽい動き』が求められます。それが防大カルチャー」(航空自衛隊30代パイロット、以下同)
- Digest
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- 防大の体育会出身がエリート
- 先輩と「24時間一緒の生活」、合わないと地獄に
- 実際の残業時間、拘束時間が長い
- 「処遇改善」に有休消化率目標ナシ
- 過去10年で28人が墜落死もフライトレコーダーすらなし
- 人命軽視の姿勢、改革機運なき組織体質
- 「親戚や友人知人に自衛官がいる」が約6割
- 出世競争離脱で勤務地や職種を変える道も
- 女性は誰でも全員モテまくる環境
- 男はスポーツ刈り3センチ、女はおかっぱヘア

防大の体育会出身がエリート
「公式な会議の席でも自己紹介で『〇年卒の防大です』と言う人が普通にいますし、自衛隊内部で利用される電子メールの署名欄に『防大〇期ラグビー部』などと記していたりもします」
民間企業や他省庁で同じことをしたら、『社会人になっても大学時代のカルチャーや学歴をひきずって生きているヤバい奴』という扱いになって出世が止まりそうだが、これが逆にプラスに働くのが自衛隊カルチャーの特徴である。
他大卒の一般幹部候補生も70年以上前から採用されており、差別はない建前になっているが、過去30年間の航空幕僚長(組織のトップ、他省庁では次官に相当)は全員を防大出身者のみで占め、上層部は防大卒ばかり。
入隊時は、防大卒と他大卒が約100人ずつと均衡しているものの、2佐→1佐→将補と等級が上がるにつれ、防大卒が増えていく。ポストとカネを特定の1つの大学卒業者が仕切るいびつな学閥支配の状況は、大企業や官公庁組織で他に例をみない。もっとも近いのは「大学と大学病院の関係」であるが、自衛隊の人材流動性は大学病院よりも著しく低い。
「基地ごとに『防大会』(防衛大学OB・OG会)の支部があって、卒業生が定期的に集まっています。防大出身者は、昇格試験の対策など、情報量が違います。なかでも体育会出身者、ラグビー部やアメフト部などハードな集団スポーツ出身者が、エリートっぽい位置づけになっていて、幅をきかせています」
防大以外の外部からの入隊では超えられない高い壁がある、ということだ。『あっち』の世界に合わせないと仕事がしにくい。だが、いくら合せたところで、他大出身という出自は変えようがない。自衛隊組織における防大出身者は、財務省における東大出身者よりもさらに支配力が強く、濃厚なカルチャーを形成している。
「実際、航空自衛隊から米軍に派遣され、戻ってきてから、表向き『家業を継ぐ』と言って辞めて、外航のパイロットに転職した人がいますが、外資のドライな環境に合わなくて辞めたそうです。防大のカルチャーに染まって育つと、転職先でカルチャーが合わなくて辞めるパターンが多いと聞いています」
自衛隊組織は、特殊な防大卒業生によって形成されたウェットな人間関係に特徴があり、自衛隊カルチャーで育つと、その真逆の外資エアラインではカルチャーギャップが大きすぎて適応できない事態は、容易に想像できる。
先輩と「24時間一緒の生活」、合わないと地獄に
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入隊前の意識調査結果では、よく利用する情報収集媒体トップは「インスタ」。そうして得た入隊前の感じ方は「きつい」「規律正しい」が上位だったが、ウェットな人間関係や長時間拘束までは予想できていないだろう(令和6年入隊時意識調査結果より) |
「労働環境に満足しているケースとしては、他大卒でも、防大のカルチャーに染まれている人。いわゆる体育会系の人が向いています。オフの日も、二次会、三次会まで行くような人です。24時間、ずっと先輩の隊員と一緒にいられるタイプ。士官(=幹部自衛官、つまり一般幹部候補生コースで採用された人たち)は、基地の中に住むのが原則ですから、そうなりやすいです」
令和6年の『入隊時意識調査結果』では、「時間に余裕がなくて忙しい」という感想が、幹部候補生のみ突出して多く、48.5%を占めた(右下参照)。やるべきことは多い一方で、拘束時間が長いから、余裕がなく忙しい、ということだろう。
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入隊後の感想が、幹部候補生だけ突出して異なっている(令和6年入隊時意識調査結果より)![]() |
こうしたカルチャーフィッティングは、決定的に重要な割に、採用の選考時点では、まったく明示的に審査されない。
だが、合わないと入隊後に、たいへんな事態になりうる。航空自衛隊では、遺書で上官によるパワハラが原因だと訴えて自死する事件が小松基地と防府南基地で発生。いずれも「2等空尉」で、31歳と35歳。パターンが似すぎており、個人の特異な例とは言いがたい。遺書でパワハラを告発しての自殺など、よほどのことがない限りしないわけで、実に深刻な事態である。
航空自衛隊小松基地(石川県)所属の2等空尉が2018年3月、31歳で自殺した。遺書には「『指導』という名のパワハラが自殺の原因です」などと記されていた。→空自幹部はなぜ自死したのか
「私の経験でも、『おれが言ってるんだから、とにかくやれよ!』と、頭ごなしに命令するタイプの上官(佐官)は、普通にいます。よくあるパターンが、『おれが提出する書類のたたき台を作れ』と言われ、作って出すと、『これ何?』となって、赤が入って、一から作り直しを命じられる。2~3時間かけて書き直す。上官がもとから部下を気に入っていれば、最初から何も言われません。気に入らないと、重箱の隅を突つき続けて、ネチネチと、何度もやり直しさせられ、疲弊します」
NTTのスタッフ部門、 電通のプランニング部門、 中学校の教員組織をはじめ、ガバナンスが甘い閉鎖的な組織においては、上層部に近づくほど、よく聞くパターンである。答えは上司のなかにのみ存在し、反論は許されないから、永遠にいじめ抜けてしまう。ガバナンスをきかせる対策は打たれていないのか。
「自分も、人事部門(幕僚監部)からヒアリングを受けたことがあります。以前に、隊員が公益通報をしたら通報者がバレて、上官から報復を受けたことがあって、
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「依願退職を決意した理由」「勤務や仕事に不満とはどのようなものか」(退職者意識調査結果より)
元「一等空佐」の津田和彦氏(66歳)のリゾートバイト
自衛官の有休取得日数。『防衛省職員のためのワークライフバランスハンドブック2025』より
自衛隊機の墜落死亡事故。過去10年で計28名が亡くなった。
2025年5月に墜落、パイロット2名が亡くなったT-4練習機。純国産で、1機あたり約20億円。
自衛隊以外の進路希望はトップが「公務員」(入隊時意識調査より)
親戚や友人知人に自衛官がいる人が約6割にのぼる(入隊時意識調査より)
「女性救難機操縦者」のキャリアモデル。女性操縦者のロールモデルを空自のポータルに多数、掲載。悩みの解消に役立て、女性活躍に努めている。
演習場の宿泊施設は、家畜の畜舎のようなボロ屋が放置されてきた(『自衛官の処遇改善について』より)
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